「ちちちちちょっと落ち着こうか、トヨ子ちゃん」

一番落ち着かなきゃいけないのは母、貴女だ。
そして、僕もだ。あまりの衝撃に心臓がバクバク音を立てる。

トヨ子ちゃんは、僕たちの様子を申し訳なさそうに見ながら、キッチンに行くとカモミールティーを淹れて戻ってきた。

僕もダイニングに移動すると母の横に座る。
母は早々、お茶を飲み大きく息を吐く。

「いきなりどういうこと?」

僕たちの前に座ったトヨ子ちゃんが、更に申し訳なさそうな顔をする。

「すみません。実家の爺様命令です」
「綾小路のお爺様?」

その人を僕は二・三回チラ見したことがある。
厳めしく矍鑠とした人だ。
そして、母の仕事を知る、数少ない他人でもある。

「はい」とトヨ子ちゃんが肩を落とす。
トヨ子ちゃんにこんな顔をさせる爺様って、どんな強者だ!

よく聞けば、トヨ子ちゃんは良家のお嬢様だそうだ。

「当主である、爺様の命は絶対なのです」

物凄く時代錯誤で面倒臭い家だ。

「トヨ子ちゃん……結婚してもいいけど仕事は続けてくれるわよね」

どこまでも自分本位の母の発言に、ゲンナリしながらも疑問が湧く。

「それって、お見合いイコール結婚っていうこと?」

「当然でしょう。見合いは形式的なもの、政略結婚よ。富豪の結婚なんてそんなもの」