その日は、今季初上陸した台風の影響で大荒れの日になった。

とても不謹慎だが、僕は別世界のように静かな『こちら』から、雨と風が吹き荒れる『あちら』を見るのが好きだ。

平和な空間で、自分は幸せなんだと実感できるからだ。

こんなことぐらいでしか幸せを実感できない自分を、何て小さなゲスヤローだと思うが、やっぱり僕は窓の外の激しい雨風を見ながら、ホッと息を吐く。

――だからだと思う。やっぱりバチが当たった。



どうしたんだろう? 家の中がいつになく静かだ。

いつものように母さんはウーウー唸りながらパソコンのキーを叩いているが、トヨ子ちゃんだ! 今日はいつもの騒がしさがない。

普段なら、この時間までに掃除と昼の準備をパタパタ済ませているのだが……。

今日はずっとソファの上で胡坐をかいている。
何か考えているのか眉間にシワまで寄せて……。

一人掛けのソファで、氷入りのカフェ・オ・レを飲みながら、カランカランと氷の音を聞きながら、その様子を盗み見る。

アンニュイに溜息を付くトヨ子ちゃんは、元々が美人なだけにいつも以上に妖艶に見える。ずり落ちそうな眼鏡を鼻先に置き、絡まった毛糸のような髪を掻きむしる母とは大違いだ。

「先生!」

突然、トヨ子ちゃんが立ち上がった。
ウワッと思わずカフェ・オ・レを噴き出しそうになり、慌てて口を塞ぐ。

「申し上げたいことがあります!」

ダイニングに向かって歩き出すトヨ子ちゃんの姿は、まるで戦場に赴く女戦士だ。鬼気迫るものがある。

そして、その戦士の口から飛び出た言葉は……。

「私……お見合いをすることになりました」

はぁぁぁ!

キーの音がピタッと止み、母の眼鏡がずり落ちる。
口の中のカフェ・オ・レをゴクンと飲み込むと同時に、グラスの氷がカランと音を立てる。

「お見合い!」

その一言は、我が家族に台風並みのダメージを与えた。