「俺、帰るわ」

笹口が立ち上がる。
まぁ、そうなるわな。

「ああ、ありがとうな」と礼を言い、「気を付けて」と送り出す。

「ねぇねぇ、亮! 幸助がどうしたって?」

健太はさっきの内容が気になるのか、しつこく亮の脇腹を突く。
それに答えたのは幸助自身だ。

「昨日、二胡をイジメていた奴を追っ払ったんだ」
「えっ、幸助が! すごい、カックイイ! 勇者みたいだな」

健太は瞳をキラキラさせ、幸助を尊敬の眼差しで見つめる。
うーん、この傾向は……危険だ!

「君たちに言っておく」

ヒーロー願望や勇者願望は自由だ。だが……。

「幸助のしたことは間違っていない。勇気ある行動だ。正しいと思ったことを実行に移すことも大切なことだ」

うんうんと全員が一斉に頷く。

「勇者やヒーローに憧れる気持ちも分かる」

皆を見回す。

「でも、自分の身を一番に考え、危険な行動だけは取らないように! 君たちが傷付けば、たくさんの人が悲しむ」

それは、間違った行動を見て見ぬフリをしろ、と言っているんじゃない。
戦える力が付くまで、他の人の力を信じ頼れ、と言いたいんだ。

「パパもママもお姉ちゃんも……?」
「ああ、皆が泣く」

その時、驚くことが起こる。

「二胡が……傷付くと……悲しむ……の? パパも……ママも……」

初めて聞くその声は、鈴のように清らかなものだった。

幸助も健太も亮も目を見開き、二胡を見る。
僕もゴクリと唾を飲み込み、それでも、何でもないよう平然とした声で答える。

「ああ……二胡が傷付いたと同じように、ご両親も傷付いているよ」

二胡の目からハラハラと涙が零れ落ち、冷たい仮面が溶けていく。