「なぁなぁかこぉー?」

笑いをおさえた声
笑顔とは反対に逃がさんと言わんばかりに強く腕を掴む手

「な、なに…?」

「ちょっと楽しいこと付き合って?」

思い出した
"楽しいこと" は "本当に楽しいこと" ではないってこと
嫌な思い出ばかりでてくる
甲高い笑い声
申し訳なく反らす視線
あたしは誰一人逃げられないこの空間を知ってる

「ちょっとここで動かないでね…?」

そんな怖い顔されなくたってわかってる
これから何が起きるかなんて
下乾いてから呼んでよ
予行練習バレバレじゃん…

短い笑い声のあとからあたしが立っているところだけたちまち豪雨になる
自分が思ったより冷静でびっくりした

「あーあ、びっしょびしょ~」

「助けに来てくれるとしはいませーん」

それがあんたたちの精一杯の嫌味なのか…
残念だけどあたしは確信してるよ
としは絶対きてくれるって

短いスカートをひるがえしてゲラゲラ笑って去ってく3人組
可愛いのにもったいない
前髪から水滴が落ちる
あー寒いなーって、、
なんか視界がぼんやりしてきた…

「っこ…か……かこっ!」

すぐ駆け付けてくれたとしはうつむいたあたしの顔をのぞきこんでもとから大きい目をさらに見開く

「泣いてんの…?」

「な、泣いてないっ…」

あたしのバレバレな嘘を見抜いて無理矢理立たせる
そして…

ギュゥッ…

「強がんなよ…」

あたしよりも傷ついたような声でそう呟き顔が見えないように優しく包み込まれる

「弱いくせして強がんなよっ…」

誰もいない静かなこの場所でひとりぼっちだったあたしをみつけてくれた
いや…みつけてくれるって信じてたよ

「とし…苦しい…」

さすがに顔を覆う抱きしめかたはこっちも限界がくる

「ありがとう、離して…?」

「いやだっ」

少しすねたように短くそう一言だけ言ったけどちゃんと力はそっと緩めてくれる
あたしにはもうとしの呼吸しかきこえなかった
穏やかで優しくて暖かい
としそのものって感じの呼吸の中であたしの意識は薄れていった