休憩室を出て、オフィスへの廊下を歩くと時田の姿が見えた。


「桜井さん、ちょっといい?」

「ええ」

 菜々は曖昧に返事をした。


 そして、時田は休憩室へと入って行った。


 菜々は又、休憩室へと戻るハメになった。

 休憩室? 嫌な予感だ…… 


 休憩室とは名ばかりで、なんの休憩にもないと内心ため息がでる。


「どうしたの?」

 菜々の言葉に、時田は熱い眼差しを向けた。


「桜井さん…… 俺、桜井さんの事が好きだ」


「えっ」

 菜々は本気で驚いた。


「えっ、て、まさか気付かなかったんじゃ……」

「まさかって、気付く訳が無いじゃない……」


「そんな…… だって、僕はライバルが多くて凄く焦っているのに…… だから、この間無理矢理キスしようとしたら、部長に邪魔されて……」


「ライバルなんて?」


「知らないの? 営業の鈴木に、総務の平沢、販売の飯沼、皆菜々さん狙っていて…… だから、僕きちんと告白しようと思ったんだ」


 時田の手が菜々の背中に伸びてきて、菜々をやさしく抱いた。


「ぼくと、付き合って下さい。僕は菜々さんの美人で仕事が出来る所だけを好きな訳じゃない…… 仕事に妥協しない姿勢も、笑うと可愛いところも、恋愛に不器用な所も全部好きだから……」


 菜々は自分をちゃんと見てくれた人が居た事を心から嬉しく思う。

 このまま、「うん」と肯けたらどれだけ楽なんだろう? 

 でも、心が肯けないでいる……


「ごめんなさい」

菜々の言葉に、時田はそっと離れた。


「うん。分かっていた…… でも、言いたかったんだ……」


「ごめんなさい…… でも、ありがとう……」


「もう、いいよ……」


 時田は、亜美と同じ淋しい笑顔を向けて、休憩室を出て行った。