次の日、遥人は菜々と廊下ですれちがったが、菜々は冷たい目のままだった。

 胸の奥が少し落ち込んだような……


「白石部長!」

 声を掛けてきたのは、菜々の冷たい目とは真逆の笑顔の亜美だった。


「ああ」


「お弁当作ってきたんです。一緒に食べませんか?」


「そうだな……」


 遥人は、亜美と屋上へ向かった。

 亜美の広げた弁当の中の卵焼きに箸を伸ばした。


 一気に口の中に入れたが、思っていた感触が無い…… 

 この間、無理矢理、菜々に弁当に入れられた卵焼き…… 

 嫌々口に運んだものの、疲れがとれるように体に染み渡った。

 卵焼きなんて、誰が作っても同じだと思っていたのに……



「おいしい?」

 亜美に聞かれ、遥人は我に返った。

「ああ」

「よかった」
 亜美は笑顔を遥人に向けた。


「なあ、嫌がらせは無くなったか?」


「ううん」
 亜美は小さく首を横に振った。


「ええ! なんでだ? 桜井にはかなりきつく言っておいたのに」


「ええっ! 桜井さんからは一度も嫌がらせなんてされてないです…… どちらかと言うと、私がとろくさいから桜井さんがいつも助けてくれて…… 応援に来ているのに、逆に迷惑掛けちゃって……」


「うそだろ? 桜井じゃないのか?」

 遥人の顔が青ざめた。


「それに、最近部長のとりまきの中に、桜井さんの姿見かけないけど……」

「そうだったか?」


「だって、新作発表会に桜井さん必死で、嫌がらせなんてする暇ないと思いますけど……」


「やばいな……」

「そうですね……」


 その後、亜美が色々と話をしていたが、遥人の耳には入って来なかった。



 確かに、菜々は新商品の発表会に必至で動いていてくれた。

 遥人は自分の忙しさに、部下の様子まで見れていなかったのだ……  

 上司として失格だ…… 

 しかも、部下を疑って罵ってしまい、どれだけ菜々が傷ついただろうか?

 部長としても信頼を失ったのも確かだ……



 あの冷たい目はそれを言っていたのだろうか……

 苦しい罪悪感が遥人の中でざわつき出していた……


 早く、誤解だったと謝らなければ……