銃刀法がなくなった!

仁は楽しそうに働く両親を見て育った。だからか、その変化にはすぐに気がつけた。母親の頬に赤いアザができていた。仁は、すぐに大丈夫?と問いかけたが、母はにっこり笑って、実験のときに失敗しちゃった、と言った。仁は気をつけてね!と元気に言ったが、母は聞こえていなかったようですぐに仕事に戻ってしまった。

***

それはあまりに突然のことだった。息子と妻を残して父はあの世に旅立ってしまった。それは、仁が八歳になった頃だった。実験失敗による死亡とされた。母は泣くことも悲しむこともしなかった。父が死亡した日、母は何か思い詰めたような顔をしていた。仁は父がこの世にいないという事実にただただ唖然としていた。その瞳に光は宿っていなかった。そこからだった、母がおかしくなったのは……。休みをとらず、毎日のように研究所に通っては夜遅くに帰ってきて、ろくに睡眠もとらずにまた研究所に戻ってしまう、という生活を繰り返すようになった。仁は何度も止めようとしたが、思うように言葉が出なかった。必死な母の顔を見て、どうしても止めることができなかったからだ。仁は母のこともあり、前よりも頻繁に研究所に通うようになった。まだ小さな子供でありながら、研究への関心は次第に大きくなり、小学三年生の今では研究の手助けをするようにもなった。

そんなある日、母は珍しく仁に
「一緒に研究所に行こっか!」
と笑顔で言ってくれた。仁は、誘ってくれたことよりも母が久しぶりに見せた笑顔の方が嬉しかった。勿論喜んで付いていった。その日は母が実験のターゲット役の日だった。仁がこの実験を見るのは初めて研究所に来たあの日以来だった。部屋に入る前、母は仁に何か言いかけてやめた。仁はそれが気がかりだったが、帰ってきてから聞こう。と思った。
──だって死ぬことはないのだから。
前と同じように母は、ターゲット役位置に着き、じっと立った。銃を構える男性は正確に母の心臓を狙う。母は一瞬ビクッとしたが、すぐに深呼吸をして落ち着いた表情に戻った。仁は前と同じような緊張感はなかったものの、鼓動が速くなるのを感じた。数秒後、大きくサイレンのような音が部屋中に響いた。実験開始の合図である。

バンッ!という大きな銃声が聞こえ、母の体がぐらつく。母は前回同様、多量の血を流して倒れ込んだ。しかし、その体は起き上がってくる様子を見せなかった。次の瞬間、耳が痛くなるようなくらいの警報音が鳴った。さっきのサイレンとはまた別の種類の音だった。仁は何かを悟ったように足の先から一気に血の気が引いていった。そんなはずはない、と言い聞かせ母の倒れている実験室のドアをこじ開けた。そして、母の周りを囲んでいる研究員の間をすり抜け駆け寄ると、母は光の灯っていない目を半分開け横たわっていた。仁は、自分の母がこの世から旅立ったことをその時悟った。仁は、泣くこともできないくらいの絶望感に襲われ、ただただそこに膝をついた。周りにいた研究員は空っぽになった女の体に色々な機械を当て、検査していた。誰も、その女性が死亡したことなんて気にしていないかのように──。

この事故は、ハッピーライフによってもみ消され、世の中に知れ渡ることは無かった。仁は、自分の母親が殺されたかもしれない、と何度も訴えたがまだ子供だったため誰も耳を貸さなかった。そんな仁を見た研究員の一人が母から預かっていたという封筒を仁に渡した。そこには、何枚にも渡る長い手紙と家族三人の写った写真が一枚入っていた。手紙には、九年間の思い出と、仁への思い、そして父の死因が自殺だったことが書かれていた。

『仁、お母さんとお父さんはね、研究所でちょっといじめられてたの。それが、お父さんの居なくなってしまった理由。黙っててごめんね。仁は賢いからきっと言ってしまったら、悩んでくれたよね。親の都合で悩んでいる息子を見たくなかったの。元気な姿を見せてくれたおかげで私達も元気になれたよ。今までありがとう。これからも大好きだよ。』

仁は、封筒を渡してくれた女性から詳しく聞いた。父が死んだあの日、危険な実験をしていたのは事実だったが、危険な薬品を父は自ら口の中に入れたそうだ。それは、長くに渡る虐めの結果であると教えてくれた。仁の父と母は元はただの会社員だったが、二人の会社が倒産してしまい途方に暮れていたところをHPの開発者、坂本 隆二に拾われた。それから研究所の一員となったが、坂本に特別扱いされている二人を悪く思う人が多く、あっという間にターゲットにされてしまった。研究道具が無くなったり、無視をされたりと、まだマシな方だったが、仁が研究所に通い出してからはより一層酷くなってしまった。薬品を掛けられ一生ものの傷を付けられたり、カッターで体を切られたりと、物理的な虐めにまで発展した。勿論、上に報告をしたが、HPが出回る直前での事件だったため、あまり大事にはしたくなかったのだろう。「研究に集中しろ。」の返答のみだった。二人が研究所を出ても仕事は見つからない、それになにより仁を不幸にしたくなかったのだ。そんなことが二年も続き、父は自殺してしまった。そして、母の死亡は殺人だったことが発覚した。死体を解剖した結果、体内にHPが含まれていないことが分かったのだ。それは、誰かが錠剤を入れ替えた、ということを意味していた。仁は、話を聞いて絶望した。