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三月二十五日、真空の誕生日。
婚姻届を提出した後、お母さんとおばさんの待つ車に戻る前に、私は真空に呼び止められた。
「一つ、お願いがあるんだ」
なんだろう、と首を傾げる。誕生日プレゼントは、真空のリクエストで文庫本二冊を上げる予定になっている。それだけじゃあ、と反論した私だったが、今後のために取っておいてと笑顔で優しく言われたらもう何も言えなかった。
その真空のお願い。心当たりはない、と思いかけて、卒業式の後のことを思い出す。逢わせて欲しいひとがいる、と言っていた、その人のことだろうか。
「真空の、お母さんのお兄さんに逢わせて欲しい」
やっぱり、と自分の推測が正しかったことを確信してから、どうしてだろうかと内心で首を傾げる。そもそも、真空に伯父さんがいることなんて言ったっけ。分からないが、断る理由もない上に何かを決意したような真空に、ダメと言えるわけもなかった。
「お母さんに頼んでおくね」
「うん。……あと、そのときは雫とおばさんにもいてほしい」
「いいよ。とりあえず、車のろっか」
そうだね、と素直に頷いた真空の後を追いかけて車に乗り込む。おめでとう、と笑顔で二人に出迎えられて少し照れくさくなりながら真空とお礼を返すと、忘れないうちにと私は車を出したお母さんに呼びかけた。
「ねえお母さん、昴さんに会いたいんだけど」
「お兄ちゃんなら家にいるよ、多分」
「……家?」
「今から帰る家に決まってるでしょう。一応結婚したんだから、顔くらい見せておかないと。言ってなかった?」
言ってません、とじと目で返すとお母さんがごめんごめんと軽く謝ってきた。誠意がこもっていないことが丸わかりである。
ごめんね、と隣の真空に謝ると、苦笑しながら大丈夫、と返された。それに気付いたお母さんが、ミラー越しに私たちを覗き込んでくる。危ないから前見て、と注意してから、私は説明の言葉を付け足した。
「真空に会いたいって頼まれたの」
「俺が頼みました」
「真白くんが? そりゃまたどうして」
「……それを、お兄さんとおばさんと、雫に聞いてもらいたくて」
首を傾げながら、お母さんがいいよと応えた。ほっとした様子の真空が、少しだけその表情に緊張を映し出す。よく分からないけれど、今何か訊くのはやめようと思ってその手をそっと握った。


