気まぐれな君は



間髪入れずに答えると、おじさんとおばさんが優しく笑った。


貸しなさい、と婚姻届を奪ったお父さんが空欄を埋めていく。お母さんが席を立って、印鑑を探しに行く。きちんとすべての欄が埋まった婚姻届に、泣き出した私を真空が抱き寄せて宥めてくれた。


「きっと貴方たちに普通の幸せはないと思うけど、雫、貴方なりの幸せを見つけなさい。それ以上お母さんは何も言わない。学生同士だから、金銭面のことはどうにもならないと思うし、どうにかしろなんて言わないから、頼るところはちゃんと頼ること。責任を持てとは言うけど、全部自分たちでやれとは言ってないからね」

「真空も、ちゃんと雫ちゃんを幸せにしなさい。短いなら短いなりに、精一杯愛してあげなさい。……雫ちゃん、真空を選んでくれてありがとう」


お母さんとおばさんの言葉に、真空が分かってます、ときっぱり答えた。自分たちでどうにもできないのは、嫌というほど実感してきた。頼ることだって、ちゃんと知っている、はずだ。


「母さん、父さん、今まで育ててくれてありがとう。……これからも、よろしくお願いします」

「お父さんお母さん、ありがとう……っ」


号泣しながら言葉を絞り出すと、泣き始めたお母さんに抱き締められた。真空も、おばさんに抱き締められていて。


大好きだよ。お父さんもお母さんも、お姉ちゃんもお兄ちゃんも。この家に生まれてよかったと思う。普通反対されるだろうなって思うようなことを、お父さんもお母さんもやらせてくれていつも見守ってくれて。


真空と、幸せになるよ。きっとそれが一番の恩返しだ。


後悔なんて絶対にしない。真空に出逢ったことも、真空を好きになったことも、真空と付き合ったことも、真空と結婚することも。絶対に後悔はしない、絶対に、幸せだったって言い切れる人生を歩く。


だから、あと少しだけ、見守っていてほしい。


危ないことばかりだということも、心配かけっぱなしだということも、ちゃんと自覚しているから。あと、もう少しだけ。真空がいなくなるときまでは、私の好きにさせてください。


真空が私を幸せにしてくれるなら、私は真空を幸せにしたい。真空が私を愛してくれるのだから、私も真空を全力で愛す。


「……ずっと前から、羨ましかったんだ」


隣の真空が、そう言って笑った。楽しそうに笑う真空が、とても眩しいと思った。


何が、とは、どうしてか訊けなかったけれど。ありがとう、と落とされた言葉に、私もありがとうと精一杯笑った。