俺が口を出しても無駄だろうからな、とお父さんが諦観した口調で呟いた。
「っ、はい!」
一足先に言葉の意味を理解した真空が、元気よく返事をする。ぱちぱちと目を瞬かせて、私は信じられずにお父さんを見つめた。
「本当に、いいの……?」
「何だよ反対されたいのか? 反対されたいならしてやるぞ」
「っいやだ!」
「だろうな。だったら認めるのが一番手っ取り早いんだよ。どうせ母さんはお前たちの味方だろうし、……ここまで真剣に話してくれたんだ、誠意を見せないわけにはいかないだろう」
本当に、認めてくれたんだ。
じわじわと事態を実感し始めて、込み上げてくる嬉しさに真空と顔を見合わせる。ぽんぽん、と優しく頭を撫でてくれる真空に、今更ながらに涙腺が決壊した。次から次へと溢れてくる涙を困ったように真空が拭ってくれるから、更に涙が溢れてくる。雫は泣き虫だね、と楽しそうな口調の真空の胸に、顔を押し付けてやった。
そういえばお父さんとお母さんの前だったけれど、今更顔を上げられない。じゃあお父さん戻るな、と声がして、お母さんも、と後を着いていく二人の足音が聞こえる。ぱたん、とドアの閉まった音がしてから、そろそろと顔を上げた。しっかり交差した真空の瞼が、赤くなっているのが分かった。
「ありがとう、雫」
ううん、と首をぶんぶん降る。そんなに降らなくても、と笑いを含んだ声に、真空はバカだよ、と恨み言を漏らした。
「別れてもいいだなんて、言わないで」
嘘でも。
「……それは、謝る。ごめん。でも、そんなこと思ってないし、思ったこともない」
「知ってる」
嘘を吐いたことを、私は怒っている。そんなに辛い嘘、ついて欲しくない。自分が辛くなるくらいなら、嘘なんてつかないでほしい。
私がいるから。ちゃんと隣にいるから。一緒にいるから。
「……高校卒業したら、結婚してほしい」
「うんっ……」
「一緒に住めるかは分からないけど、出来る限り一緒にいたい」
「私も、っ」
二つ目の指輪を目の前にかざした真空に、泣きながら笑った。左手の薬指にはまったそれに、もう一つを催促して同じことをやり返す。
顔を上げるとすぐ近くにあった真空の顔に、そっと瞳を閉じると。唇に触れた柔らかい感触に、私は一粒、涙を零した。


