いつもより少し晴れやかな気持ちで帰路に着いた。今日は、母と一緒に話してみよう。母が狂ってから2年の時が経っている事にいまさらながら気がついた。
珍しく素直な僕の心は前向きだった。冷たいはずだった未来を僕は暖色に変えるんだ。
「ただいま」
いってきますと一緒で、返事はなかった。今日は母の仕事は休みのはずだ。出掛けていなければ寝ているか、ぼうっとしているかのどちらかだろう。
リビングに入ると、茶色いテーブルの上に白い無地の封筒と肉じゃがの入った丸い器が置かれていた。周りを見渡すと、ビール瓶や惣菜のパックなどが散らばっていた部屋は綺麗に片付いていた。
なんとなく嫌な予感がして、首を振って手紙を手に取った。
封筒には美しい字で「樹ちゃんへ」と書かれている。幼い頃の僕は母は樹ちゃんと呼んで可愛がっていた。最近では僕たちの交流といえば暴力だけだったので、母に名前を呼ばれることなんてなかったけれど、母の中では僕はまだ「樹ちゃん」のままなのかもしれない。それも無理はないだろうが。
封筒を開けると、折り畳まれた白い便箋が1枚入っていた。封筒に書かれた字と同じような美しい字がびっしりと書かれていた。読むのが怖かったけれど、僕は一文字一文字を見逃すまいとするように丁寧に読み始めた。