私は家から徒歩圏内にある可もなく不可もない企業に勤めている。
今日は気が向いて、会社の帰りに遠回りをしてみた。今日は定時で帰れたからそんな気になったのだけれど。
冬の冷たい風は確かに私の体温を奪っていくけれど、満月に照らされているとどこか上気した気持ちになるのはなぜだろう。心が浮かれてしまう。まるで、マタタビのそよ風を浴びた野良猫のような。
そんな気持ちで、頬を赤くして私は時間をかけて家に向かう。
───何か不思議な事が起きないかな。
例えば、色とりどりの雨が降ってきて草木を染めたり。
例えば、大きな怪物が私を辺境の地へ置き去りにしてしまったり。
空想はどんどん膨らんでいく。不幸せな方向へ。
例えば、殺人鬼と悲劇を紡いだり。
暗い路地を突っ切ればもうすぐ家だ。そう、こんな暗い路地には血液が広がって、その真ん中には刃物を握り締めた美しき人殺しが……
いた。本当にいた。
病的なまでに白い頬には返り血が滴り、生気の宿らない目は、苦し気に顔を歪めた死体を眺めていた。
私には、その光景が一枚の美しい絵画のように見えた。レオナルド・ダ・ヴィンチもフェルメールでも絶対に描けないような、この世に存在してはいけないような。そんな儚い美しさ。
「……通報するの」
魅とれていたら、人殺しが口を開いた。
「通報するならしてよ。早く」
その声は中性的な見た目には不釣り合いに低く、それでいてすぐに傷ついてしまいそうな子供らしさを兼ね備えた年齢不詳の声だった。
「通報、しない」
人殺しは怪訝な顔をしてから私に背を向けた。
「あぁ……そう」
「待って!」
私は知らぬ間に人殺しを呼び止めていた。
「なに?」
何を言うべきなのか、私はわからなかったけれどすんなりと言葉が出てきた。
「通報しないから、家に来て」
今日は気が向いて、会社の帰りに遠回りをしてみた。今日は定時で帰れたからそんな気になったのだけれど。
冬の冷たい風は確かに私の体温を奪っていくけれど、満月に照らされているとどこか上気した気持ちになるのはなぜだろう。心が浮かれてしまう。まるで、マタタビのそよ風を浴びた野良猫のような。
そんな気持ちで、頬を赤くして私は時間をかけて家に向かう。
───何か不思議な事が起きないかな。
例えば、色とりどりの雨が降ってきて草木を染めたり。
例えば、大きな怪物が私を辺境の地へ置き去りにしてしまったり。
空想はどんどん膨らんでいく。不幸せな方向へ。
例えば、殺人鬼と悲劇を紡いだり。
暗い路地を突っ切ればもうすぐ家だ。そう、こんな暗い路地には血液が広がって、その真ん中には刃物を握り締めた美しき人殺しが……
いた。本当にいた。
病的なまでに白い頬には返り血が滴り、生気の宿らない目は、苦し気に顔を歪めた死体を眺めていた。
私には、その光景が一枚の美しい絵画のように見えた。レオナルド・ダ・ヴィンチもフェルメールでも絶対に描けないような、この世に存在してはいけないような。そんな儚い美しさ。
「……通報するの」
魅とれていたら、人殺しが口を開いた。
「通報するならしてよ。早く」
その声は中性的な見た目には不釣り合いに低く、それでいてすぐに傷ついてしまいそうな子供らしさを兼ね備えた年齢不詳の声だった。
「通報、しない」
人殺しは怪訝な顔をしてから私に背を向けた。
「あぁ……そう」
「待って!」
私は知らぬ間に人殺しを呼び止めていた。
「なに?」
何を言うべきなのか、私はわからなかったけれどすんなりと言葉が出てきた。
「通報しないから、家に来て」

