黒い喪服を着た女性。
女性は、焼香が出来ずにいた。自分の前に焼香をした男性が棺に突っ伏して声をあげて泣いていたからだ。棺は二つある。男はしきりにこう叫んでいる。
「樹!佑利子!ごめんな……ごめんな……。
俺が悪いんだ……!」
女性は男の側に向かった。いや、棺の側に向かったのだ。そして、片方の棺に向かって呟いた。その棺の隣に置かれている墓標には『澤田 樹』と彫られている。
「澤田くん。あなたは幸せになれたはずなのに」
男の後ろで焼香を済ませると、女はあっさりとその場をさってしまった。が、その目には溢れんばかりの光るものがあった。
その後ろにいた半透明の青年は誰にも見えないのだろう。親族にも、男にも、女性にも。その青年の顔は長い前髪で見ることが出来ない。青年は女性に手を伸ばし、やがて諦めたように腕をだらんと落とした。
青年は小さく呟いた。

「あぁ、僕は幸せになれたのか」