「浮気されたんだ。しかも相手は、同じグループの友達。……それでさ、なーんかグループにも居づらくなって、いろいろ嫌になって、やさぐれてたところに中沢さんからデートに誘われたんだ」

 嫌だったのだろうかと、知代は不安になる。けれど、菊池くんは微笑んだ。痛みをこらえるみたいな顔で。

「正直、嬉しかったよ。これで、クリスマスをひとりで過ごさずにすむなーって。……最悪だろ? 中沢さんにとっては特別なデートだったのに、俺はそれを自分の見栄とかプライドを守るために利用したからさ。……ごめん」

 ああ、これは懺悔だったのだなと、知代は理解した。
 菊池くんはきっと、自分の不誠実さを告白したのだ。知代のデートに対する思い入れを聞いて、胸が痛んだのかもしれない。
 それを聞いて、何も言わず気前よくデートしてくれた素敵な男の子のままでお別れすることもできたのになぁと、知代は本人も気づいていないだろう菊池くんのまっすぐさに優しい気持ちになる。

「別に、謝るようなことじゃないよ。すっごく素敵な時間を過ごさせてもらって、幸せだったもん。これ以上、望むことはないよ」

 知代は本心から言って、にっこり笑った。
 本当に、今日一日は知代にとって幸せな時間だった。
 待ち合わせ場所に現れたその瞬間から、菊池くんは知代のことをまるでお姫様のようにエスコートしてくれた。
 とびきり素敵な男の子が、ずっと笑顔で隣にいてくれたのだ。映画を観るときも、食事をするときも、街を歩くときも。
 そうやって同じ時間を共有することがこんなにも楽しいものなのかと、知代は夢心地で一日を過ごすことができたのだ。

「菊池くん、今日はありがとう。菊池くんのおかげで、子供の頃から夢見てたような、思い出に残るデートができたよ。私、ずっと忘れないと思う。……今日のデートは、私にとって宝物だよ」
「中沢さん……」
「初デートの相手が菊池くんで、おまけにクリスマスだなんて、自慢になるよー。……しないけどっ」

 ふふっと口元に手を当てて、知代は笑った。
 それを見て菊池くんはキュッと唇を引き結んで、眉根を寄せた。その困ったような、切ないような顔も好きだなと、知代も切なく思った。
 おしゃれでかっこいいだけではなくて、照れたり恥ずかしがったりする姿も素敵だと知ることができた。そのことを、デートの思い出と一緒に覚えていようと知代は決めた。
 それだけで、十分だから。

「中沢さん、今日のデートって、大人な夜を過ごしてみちゃおうとか、もしかしてそんな予定はある?」
「え?」

 やや緊張した感じをただよわせて、菊池くんはそんなことを尋ねてきた。きっといつもなら、もっと流れるように自然に、そういった会話を女の子に切り出すだろうに。
 でも、菊池くん以上に知代は動揺して、ガチガチになってしまっていた。

「そ、そんなことを考えないでもないけど……そりゃ、私も年頃の女子なので……」

 地味系で奥手の知代でも、漫画なんかでそういった知識は得ている。そして、年相応の憧れも興味も当然持っている。
 そのことを告白するような言い方になってしまって、知代は顔から火が出そうなほど恥ずかしくなった。
 そんな知代を見て、菊池くんは目を細めた。そして、ポンポンと頭を撫でた。

「かわいいな。そういう顔されると、俺としてもお持ち帰りしたくてたまらないんだけど」
「え……」
「でも、それはまた今度にしよう。楽しいこととか幸せなこと、全部今日やっちゃうのはもったいないからさ」
「それって、どういう……」

 戸惑う知代に目線を合わせ、菊池くんはにっこり微笑んだ。その直後、笑みの浮かんだ唇は知代の唇に重ねられる。
 時間にすれば、きっと一秒にも満たない一瞬のことだ。それなのに、知代にとってはまるで世界が変わってしまうような、そんな劇的なことのように感じられた。

「今日一度だけと言わず、これからも中沢さんと……知代とデートしたいなってこと」
「菊池くん……」
「知代、俺と付き合ってよ」
「…………!」

 今度こそ、知代は時間が止まったかと思った。
 あまりのことに、頭が真っ白になる。
 けれど、菊池くんはそんな知代を待ってはくれない。
 呆然と立ち尽くす知代に、小首をかしげて問いかける。

「知代も、俺のこと好きだよね?」
「え……『知代も』って……?」
「俺、知代のこと好きになった。顔とかノリとかじゃなくて、俺の知らない俺のいいところ、好きだって言ってくれたから。そんなの初めてで……だから、これっきりにしたくない」

 菊池くんは、とても真剣な顔をしていた。その顔にからかっている様子はなく、ただただまっすぐな気持ちが伝わってくる。
 戸惑って混乱していても、そのことが嬉しくて、知代は懸命に言葉を探した。
 何か、特別な言葉を返したくて。けれど、嬉しさで混乱しきりの思考では、何もうまいことは考えつかなかった。

「……嬉しい」

 知代が口にできたのは、正直で飾り気のない、そんな言葉だけ。それでも、菊池くんの顔には満面の笑みが浮かぶ。

「よかった……!」
 ギュッと知代の体を抱きしめて、心底ホッとしたように菊池くんは言う。
 キスと告白という初めてづくしに驚いて思考停止に陥りかけている知代にとって、それは強すぎる刺激だ。けれど少し落ち着くと、男の人の腕に包まるのってこんな感じなのかと、幸せな気持ちが湧いてくる。しかも、それが好きな人の腕ならなおさらだ。

「……どうしよう。幸せすぎて、夢みたい」
 菊池くんの胸にキュッとしがみついて、知代はポツリと呟いた。
「夢じゃないよ」
「じゃあ、とびきりのクリスマスプレゼントだね」
「プレゼントか。それなら知代に、とびきりの恋をあげる」

 顎をつかんで顔をあげさせて、菊池くんは知代の唇を指先でなぞった。
 顔が近づいてくるとわかって、知代はあわてて目を閉じる。
 目を閉じる直前目に入ったのは、少し遠くに見えるイルミネーション。
(まだ、魔法は続いてるんだ)
 まぶたの裏に残るイルミネーションに、知代はそんなことを思う。