ただ一言『男でいたい』と口にした飛鳥の姿を、男性はしばらく黙って見ていた。


「分かった。俺はただ落し物を届けに来ただけで、その相手が男だろうと女だろうとどうだっていいわけよ。そういうことで、今からヒマ?」


男性は深く詮索する事もせず、飛鳥の希望をあっさり受け入れた。

安心した反面、なんだか拍子抜け。

問いに対する答えも「はい……」と思わず首を縦に振ってしまう。

今日の午後はたまたま講義もゼミも予定されていなかったのだ。


「よし!じゃあ、行こう」


そう言うと、男性は勝手に飛鳥の手を取って歩き出した。


「行くってどこへ?」


「どこって、喫茶店。飛鳥君とお茶しようと思ってさ」


「お茶って……。さっき“落とし物を届けに来ただけ”って言ってたじゃないですか」


「そのつもりだったんだけど、気が変わった」


男性はいけしゃあしゃあと物申す。

勿論、手を離す気など微塵も無い。

さすがの飛鳥も戸惑いを隠せなくて、なんとか止まろうと力いっぱい手を引っ張る。