第五話 インフルエンザ大流行

ピピッ…ピピピッ…

「…うわぁ、38度」

体温計を見てぐったりする

「…あ、もしもし」

昨日、何だか頭がふわふわして身体が熱かった私。
ただ疲れが溜まっているだけで大丈夫と仕事を続けていたが…

「神崎さん、大丈夫?!顔真っ赤じゃない!」

たまたますれ違った秋田さんに心配され、いつもより早上がりさせてもらって家で寝ていた

『とりあえず病院、行きなさい。
今インフルエンザ流行ってるみたいだし…もしもの事があるからね』

「はい…すみません」

『病院行ったらまた連絡くれる?それじゃ、お大事にね』

ピッ。

まずは…言われた通り病院に行こう

視界がふらふらする中、何とか準備をしてドアを開ける

「…え?」

何故か家の前に、英治がいた

「…どうしたの?」

「病院、行くんだろ?」

え、なんで英治が病院行くこと知ってるの?

「えと…私一人で行けるから大丈夫だよ?」

笑顔を向けたつもりが、英治は不機嫌そうな顔をやめない

「そんなふらふらでどうやって運転するんだよ」

「だ、大丈夫だって…
それより英治、今日仕事は…?」

「代わってもらった。
楓が今日休みだったらしくて、事情話したら二つ返事で代わるって」

「そ、そうなんだ…」

楓くんなら子供も怖がらないし、安心か

「…余計なこと考える暇があったらさっさと行くぞ」

英治に支えてもらいつつ、英治の車に乗り込む

「…あのさ」

私が口を開くと、英治が遮る

「…今朝、秋田さんから電話があった」

「秋田さん?」

「お前が昨日から調子悪そうにしてたから…今日病院行くように言ったけど心配だから、付き添い頼むって」

あ、秋田さん…!

「お前、そんな状態でよく一人で行こうと思ったな」

「あはは…もう大人だし、さ…」

「で?お前のかかりつけどこ」

「隣町の日高医院」

「は?かかりつけが隣町?何でそんな遠くに…」

「お兄ちゃんがいるから…いつもそこに行ってたの」

私のお兄ちゃんは、個人病院のお医者さん。
日高医院はお兄ちゃんの奥さんである、理沙さんのおうち。
つまりお兄ちゃんは、養子になっていた

「お前お兄さんいたのな。初耳」

「言ってなかったもんね…八つ離れてるし」

「…結構上なのな」

八つ年上のお兄ちゃんは中学卒業後、隣町の専門学校の寮に入ったからほとんど面識はない

だから少しでも会える時間が欲しくて、遠いけど隣町をかかりつけとしていた

「そう言えば…隣町つったら水上さんも隣町だよな?」

「あぁ…そうだね」

美里ちゃん、そう言えばあれから会ってないなぁ…

「水上さん、来週からお前と同じ6Fに来るらしいぞ」

突然の言葉に、驚いて目を見開く

「え?!」

嘘。私何も聞いてない…

「ほんとほんと。
6Fの七海先生、いるだろ?あの人が言ってた」

「七海先生、あんまり会わないから全然知らなかった…」

そんな話をしているうちに、お兄ちゃんの病院に着いた。

「あら、千尋ちゃん!久しぶり…って、あんまり元気そうじゃないわね」

事務で受付をしていた理沙さんが苦笑いする

「順番が来たら呼んであげるから、待っててくれる?」

「はい。ありがとうございます」

待合室で英治と座り、待つ

〜♪

院内に、柔らかな音楽が流れる

そういえばお兄ちゃん、クラシックとか好きだったなぁ…

何だか、眠くなってきた…

「…眠いの?」

隣で腕を組んでいた英治が笑う

「んー…大丈夫…」

かくん、と寝落ちしそうになった時、名前を呼ばれる

「神崎さーん、神崎千尋さーん」

「あっ、はい!」

慌てて起きようとして、またよろめく

「…ったく、ほら。」

英治が右腕を出し、それに掴まるようにして立つ

「あ、ありがと…」

あまり熱とか出さないせいか、普段よりかなり負担がかかる

もっと体力つけなきゃ…

「失礼しまーす」

ガラッと診察室のドアを開けると、いつもの所にお兄ちゃんがいた

「お、千尋じゃん。…って、隣の子誰?もしかして彼氏?」

「ち、違う違う!!!
英治!中学の同級生で今同じ職場で働いてるの」

「へ〜!英治くんね。俺は日高千晃(ひだか ちあき)。千尋の兄でここのドクター。よろしく」

「一条英治です。城東第一で小児科のドクターしてます。」

「へぇ、小児科のドクター!
それにしてはいかついオーラ出してるね〜♪」

お兄ちゃん…

「よく言われます」

眉を下げて笑う英治。

あれ、英治怒んなかった…

お兄ちゃん、何かと人を小馬鹿にする癖があるから怒ると思ったんだけど…

キィ、と椅子を鳴らしてお兄ちゃんが向き直る

「それで?今日はどうしたの」

「あぁ。何だか熱っぽくて…先輩にインフルの可能性もあるから、一度病院に行きなさいって言われて」

「あ〜今流行ってるからなぁ…
今日だけでもう十人近く、インフルの患者来たぞ」

「そ、そんなに流行ってたの…」

「とりあえず検査するから…隣の部屋に行ってくれるか?
英治くんは待合室に戻っててもらっていいかい?」

「わかりました」

英治が診察室を出ると、お兄ちゃんは我慢しきれないといったように笑い出す

「ははは!何だあの子、俺に対して敵対心むき出しじゃないか!
あんな面白い子、初めて見たよ」

「そ、そう…?全然普通だった気がするけど…」

「お前は俺しか見てなかったから気づいてなかったかもしれないけど…
俺と話してた時、すっごい形相してガン飛ばしてきたぞ」

「…昔から、愛想振るの苦手なの」

「そうか〜いやぁ、お前もいい人に会ったもんだ」

いい人?

「あぁ。彼、今日仕事だったんだろう?
お前を心配してわざわざ休んで付き添ってきてくれたんじゃないのか?」

お兄ちゃん鋭い…

「そんな人、なかなかいないぞ?
お前のために自分の仕事休んでまできてくれるなんて…いいやつだよ、あの子」

大人になってまで、ここまでしてくれる人いないぞってお兄ちゃんは笑う

そっか…
何だか特別扱いされてるみたいで、嬉しくなった

「じゃ、可愛い英治くんを待たせてもいけないし。検査しようか」

「はーい」

お兄ちゃん何を言い出したのかと思ったら…ちゃんと英治の事、見てたんだ

検査が終わり、結果が出るまで英治の元へと向かう

「終わったのか」

「うん、結果待ち」

英治は珍しく、雑誌を読んでいた

ファッション雑誌?

へぇ…英治、ファッション雑誌とか読むんだ

隣の私は何気なくケータイを開く

…うわ、瑠衣からすごい数きてる

「だい、じょ…うぶだよ、っと」

ふう、と息をつくと、隣から小さく笑い声が聞こえた

「…なに」

「いや…お前、口に出しながら文字打つんだなって」

「…え。声に出てた?」

「全部出てた」

そう言って楽しそうに笑う英治。

機械苦手だから、いまだに慣れないんだよね…

しばらくして、また呼ばれる

「うん。インフルだな」

笑顔でお兄ちゃんに言われる

「これじゃあ当分仕事も行けないだろ。…仕方ないけど」

うわぁ…なんてこった。

するとお兄ちゃんはさらに続ける

「しかも今母さん達、いないだろ」

え、いない?

「父さんと二人で旅行行ってね?」

…しまった。
そう言えば結婚記念日だとか言って、海外に出てるんだっけ…

通りで連絡つかないわけだ。

「うーん…俺も仕事があるしなぁ…」

お兄ちゃんが困ったように頭をかく

「大丈夫です。俺がいるんで」

後ろから英治の声がした

「え、いやでも英治仕事が…」

「有給使えばなんとかなるだろ。
俺がしばらくこいつみてるんで、大丈夫です」

「英治くんは頼もしいな〜それじゃあ妹のこと、よろしく頼むよ」

笑顔でお兄ちゃんが手を振り、薬を貰って病院を出た

「…千尋ちゃん、大人っぽくなったね」

理沙が診察室に入ってくる

「そうだな〜…
いい人とも巡り会えたみたいだし、心配なさそうだな」

お兄ちゃんの顔になっている千晃を見て、理沙も嬉しそうに笑う

「あの子達なら、大丈夫よ。
…この子もきっと、そう思ってるわ」

少し大きなお腹を撫でながら、理沙が微笑む

「…予定日いつだっけ」

「もうっ!それ何回目よ。…来月の十四日!」

「そうか…」

嬉しそうに、千晃も笑う

「どちらにせよ、楽しみだな」

穏やかな日差しが差し込む部屋で、静かに微笑んだ


「インフルとか…俺にうつすなよ?」

「もう!そんなに言うなら帰ればいいじゃないっ」

帰りの車内は、相変わらずの言い合いをしていた

「…まぁ、お兄さんに宣言しちゃった手前?一週間くらいは面倒見てやるよ」

「い、一週間?!」

待って?一週間もこの人と一緒なの?!

「そ、それは申し訳ないからいいよ…」

申し訳ない、というより心臓が持たない…

「もう決まったことなんだから、文句言うな」

「うはぁ…」

ドサ、と窓の方にもたれる

これは良いのか悪いのか…
お兄ちゃんも、一体何を考えてるのかしら

家に着く頃、私の体力は限界にきていた

「ご、ごめん…」

「ったく…俺に張り合う気があるから大人しくしてろっつーの」

結局あのあと力尽き、英治におんぶしてもらってエレベーターに乗る

「ええと7階…7階…」

ポチ、とボタンを押すが英治が違うボタンを押す

「あほ。7階はこっち」

「あれ…」

頭がぼーっとして上手く前が見えない

「お前…ほんと重症だな」

「普段滅多に風邪とか引かないから…こういう時、ほんとしんどくて…」

7階につき、家に入る

「お前のベッドどこ」

「突き当たりを右…」

さっさと中に入ってベッドに私を下ろす英治

「なんか食い物作ってくるから、待ってろ」

「あ、ありがと…」

英治から水を手渡され、パタンとドアが閉まる

「…英治の匂いがする」

さっきおぶられてたせいか、英治の匂いがする

何だか、安心する…

いつの間にか、私はそのまま寝てしまっていた

次に私が目を覚ますと、目の前でにやにや笑っている瑠衣と楓くんがいた

「?!」

ガバッと跳ね起きた私は驚く

「ふ、二人共どうしたの?!」

「いや〜神崎ちゃんが熱出して仕事休んでるって聞いてさ〜」

「でもこの状態見れば大丈夫かなって思ってさ〜」

ふと二人の視線の先を辿ると、英治がベッドに頭を乗せて寝ていた

「!!」

「英治が誰かの看病するとか…雨降るんじゃない?」

「一条先生やーさし〜い」

二人がツンツンつついたり笑っても英治は起きる気配がない

…疲れちゃったのかな。

「それで?結局どうだったの?」

ぱっと向き直った瑠衣が言う

「…インフルらしいです」

「あちゃー。じゃあ、当分仕事には出れないかぁ」

「しょうがないわよ。今はゆっくり休んでなよ」

瑠衣が差し入れ!とゼリーを手渡す

「ん…」

あ、英治起きた。

「英治おっそ〜い。僕、もう少しで叩き起こそうと思ってたのに〜」

「なっ…楓?!…と、皆川?」

「神崎ちゃんのお見舞いに二人で来たんだよ〜」

「そしたら可愛い寝顔が見えちゃったからさ〜」

にやにやと笑う二人にそっぽを向く英治

「…最悪」

「あれれー?英治くん、もしかして僕たちお邪魔しちゃったかなー?」

「あら〜ごめんね?一条先生」

「お前ら…わざとだろ」

楽しそうな二人を横目に、私はまた眠くなる

「あ、千尋眠い?それじゃあ私たちはそろそろ帰ろうか」

「そうだね〜。英治、明日は?」

「あー…悪い。俺一週間くらい有給使うことにした」

「え、有給?」

「こいつのお兄さんによろしく頼まれたし、治ったらこいつと復帰するよ」

二人が帰った後、再び眠りについた私

「…ほんと、よく寝るやつ」

夢の中で、英治の声が聞こえた気がした

「…困ったら、いつでも俺を呼べよ。
お前なら…どこでも駆けつけるから」

優しく大きな英治の手が、額を撫でた