第四話 想いの行方

「あ、暑い…」

真夏の暑さに、照りつける太陽。
お盆に入った私たちは、久しぶりにみんなで集まろうとしていた。

「いや〜プールとか久しぶりだね!」

…なんでこの人はこんなに上機嫌なんだ

「え、千尋?どうしたの?」

「…今日って、結局誰々来るんだっけ?」

「んーとね〜…一条先生と山本先生、あたしと千尋かな!」

「ほ、ほう…」

「まあ今日は拓海くんの退院祝いだからさ!あたしらも楽しめるだけ楽しもうよ」

そう。
今日は拓海くんの退院祝い。

拓海くんが手術を頑張れるよう、あの後拓海くんがしたい事を英治と聞きに行った私

「僕、プールに行きたい!」

「プールかぁ!いいね〜」

笑顔の拓海くんを見ると、自然と笑顔になってしまう

「よし、じゃあ拓海くんが手術頑張ったらみんなでプール行くか!」

「ほんと?!約束だよ!!」

「おう!男の約束だ!」

ニッと笑った英治が拓海くんを撫でた



「後から思えばみんなで、って…」

「まあまあ。あたしらもたまの羽伸ばしだと思ってさ!楽しもーよ」

「…そうだね」

瑠衣の運転で目的地に着くと、既に拓海くんと英治、楓くんも来ていた

「おせーぞ」

暑さのせいか、少し不機嫌そうな英治。

「あはは、ごめんごめん!
ちょーっと道が混んでて!」

瑠衣が言うと、拓海くんが私に気づいて近寄ってくる

「お姉ちゃん来てくれたんだね!」

「拓海くん!うん。楽しみだね!」

「うん!」


その後、着替えた私たちは更衣室を出てプールへ向かった

…が。

「…ちょっと千尋さん。
なにそのだるまみたいな姿は」

「いや、うん…安全策?」

「やめてくれる…小学生じゃないんだから…」

大きなタオルを羽織って自分があまり見えないようにしていた私

「もしかしてお姉ちゃん、寒い?」

やばい!拓海くんが心配してる…

「う、ううん!寒くないよ〜全然!」

「…ほら。諦めてタオル脱ぎな」

「うっ。わかったよぉ…」

丁度いいタイミングで更衣室から出てきた楓くんと英治

「うわ、皆川さん細いね!モデルさんみたい!」

「へ?!あ、ありがとうございます…」

楓くんに褒められて顔を赤らめる瑠衣

あれ?瑠衣ってもしかして…

瑠衣を見ていた私をじっと見つめる英治

「?なに」

「あ…いや!何でもない!」

ははっと笑い飛ばした英治に続き、みんなでプールに入る

「うわぁぁ…すごいすごい!
英治先生!僕、あれしたい!」

「っし!行くか!」

拓海くんを抱き上げた英治は、視線の先にある大きなウォータースライダーへ向かった

「あ、待って待って」

拓海くんが慌てて英治を止める

「?どーした?」

「ねぇ、お姉ちゃんも行こ!」

そう言って、笑顔で私を手招きする

「え、私?」

きょとん。とする私に英治が笑いかける

「おう、人数多い方が楽しいだろ。来いよ!」

な、何て無邪気な笑顔…

ここで断ったら、拓海くんしょんぼりしちゃうかな…

「わ、わかった。行く!」

駆けて行く私を見送る楓くんと瑠衣。

「いや〜英治、すっごく楽しそうだね」

「ほんと。…千尋も、内心すごい喜んでそう」

遠ざかる三人を、嬉しそうに見ていた瑠衣

「それは…皆川さん、そういう意味?」

何かを企む顔で、意味ありげに笑う楓くん

「どうでしょう…千尋はまだ、自分の気持ちに気づいてないみたいだし…」

「そっかぁ…神崎ちゃん、まだ気づいてないのか〜」

ん〜!と背伸びをして、瑠衣を見る楓くん

「皆川さんはどうなの?」

「ふぇっ?!」

「皆川さんはそういう人、いないの?」

唐突にターゲットが変わり、戸惑う瑠衣

「いるには、いますけど…」

「そっかぁ!じゃあ、頑張らなくちゃね」

…あれ、意外とあっさりしてるんだなぁこの人。

「そ、そうですね!」

拍子抜けした瑠衣を見て優しく笑う楓くん

「…楓でいいよ。皆川さん」

突然の優しい声に、赤くなる瑠衣

「!わ、私も…瑠衣、で、お願いします…」

かあぁぁっと一気に赤くなる瑠衣

「!ふはっ。了解しましたっ」

楽しそうに二人が会話をしている一方、ウォータースライダー組も楽しげにしていた。

「うわわわわ?!?!!」

「うわぁ…すごいすごい!早いはやーい!」

「ははっ、流石男の子だな!やっべ、たーのしーーー!!」

英治が私と拓海くんを抱える形で専用のボートに乗り、一気に下るウォータースライダー。

高所恐怖症の私にとっては地獄だったが…拓海くんのためだと目を瞑り、必死に英治にしがみついていた

…やばい。

やばいやばいやばいって!!
何でこんなに早いの?!これ乗り物なの?!!
パニックな私の心臓はドクドクと早く脈を打ち、必死に英治を掴んでいた


ーーーザブンッッ!!!!


やっと下まで落ち、拓海くんは下にいた楓くんと瑠衣の元へと向かった

「…お前、高いとこ苦手?」

「あはは…ば、ばれた?」

いまだ収まらない動悸に苦笑いしつつ、何とか平静を装う

「すっげー力で俺にしがみついてたからな」

…はずかし。

「ご、ごめん」

「別に?…悪い気はしなかったし」

最後の方はごにょごにょと小さく、聞き取れなかった

「ん?なんて?」

「なっ…何でもねーよっ!
…それより、いつまでこのままでいんの?」

気づけば私は、ずっと英治にしがみついたままだった。

「?!ごめん…っ!」

離れようとした途端、英治に抱き寄せられる

「え、英治…?」

さらに焦る私の耳元で英治が囁く

「…この角度ならあいつらから見えないから、大丈夫。
俺も心臓バクバクいってんの。聞こえる?」

…ほんとだ。
英治の心臓の音が聞こえる…早い…

「…怖かったんだろ。しばらくここにいれば」

「あ、ありがと…」

私が怖がってたから、安心させようとしてくれたんだね

「…てかさ」

「ん?」

「お前、結構あるのな」

前言撤回。

ペチン!と英治を叩き、ボートから降りる

「変態っ」

瑠衣たちの元へと急ぐ私を見て、ため息をつく英治

「あーあ。残念だったね」

「なっ?!…楓!」

いつの間にか、英治の側に楓くんがいた

「でも、さっきの発言は良くないなぁ」

「…てめ、いつから見てた?」

「ふふ。いつからだろうねぇ」

ふふっと笑う楓くんを横目に、英治の視線の先には千尋が映っていた

「先生たち、今日はありがとう!
僕、とってもとーっても楽しかった!」

「僕たちも楽しかったねぇ。…それじゃ、帰ろっか」

楓くんが言うと、瑠衣がふと気づいたように口を開く。

「そう言えば…私は手術終わった後に拓海くんと会ってるから知ってたけど…
楓くん、初対面だよね?拓海くんと」

すると拓海くんがきょとんとした顔で言う

「え。僕たち初めましてじゃないよ?」

「あれ、そうなの?」

「うん。だって…」

「だって彼の手術を担当したの、僕だもん」

「そうなの?!」

ニコニコと笑う楓くん。

「楓、オペ科のドクターなんだよ。
顔に似合わずってやつだな」

英治が補足を付け加えると口を尖らせる楓くん

「え〜そんな事ないよ〜?
まあ英治と違って?僕の方が愛想いいもんね〜?拓海くんっ」

「なっ!」

あはは!と拓海くんが楽しそうに笑う

…拓海くんが楽しそうだから、いっか。

「あ、言い忘れてたんだけどさ」

楓くんが思いついたようにいう

「明日の予定について瑠衣ちゃんと話、するから僕たち一旦病院に戻るね?
もちろん、拓海くんも送っとくから」

「え、じゃあ俺どうやって帰んの」

「歩いて帰る?」

楓くんがキリッと真剣な顔で親指を立てる

「冗談だって!
瑠衣ちゃん達が乗ってきた車、神崎ちゃんのだよね?神崎ちゃんに送ってもらいなよ」

そう言って楓くんは瑠衣にアイコンタクトをとる

それに気づいた瑠衣も慌てて合わせる

「そ、そうね!
千尋、送ってあげなよ!拓海くんはこっちで送ってくるからさ!」

「んーまぁあたしはいいけど…」

「それじゃ、お姉ちゃん達ばいばい!」

「うん!ばいばい、拓海くん」

三人が車で去った後、帰ろうと振り返ると…

「…え。英治何してんの」

右手で顔を覆ってため息をつく英治がいた

「いや。なんでも、ない…」

「…?
英治、大丈夫?どっか悪いの?」

そっと顔を覗き込むと、少し顔が赤いのが見えた

「もしかして熱…?」

「ちょ、なにす…っ」

顔を隠す英治の前髪を上げ、おでこに手を当てる

「んー…熱は無いみたいだけど…プールで冷えちゃった?」

「大丈夫」

「大丈夫じゃないでしょ?」

「…大丈夫」

「もう、強情なんだから!
…いいわ。今日、うちにおいでよ」

「…は?」

「英治も一人暮らし、してるんでしょ?
ドクターって忙しいからまともなもの食べてないでしょ。
最近息切ればっかしてたし」

「ち、ちゃんと食ってるって…」

「まあいいじゃない、今日くらい。
人の好意を素直に受け取りなさいよ」

ほら、と英治の腕を引いて車へ入る

「…お前、随分と強引になったな」

「えー?昔からこんなじゃない?」

そして車を出し、家へと向かう




……

………


あれ、英治全然喋んない。

やっぱり、急に誘ったのはまずかった…?

信号が赤になってチラッと英治を見る

…全然こっち向いてくれないんだけど。

別に何でもいいんだけど…ここまで避けられると、逆にムキになってしまう

「えい…」

声をかけようとした私は、目を見開く

窓に反射した英治の横顔を見る
口元を手で隠していたが、頬は赤く染まっていた

「…なに照れてるのよ」

冗談半分に笑いながら英治に話しかける

「…照れてねえよ」

「…」

「…」

何だろう…
不思議と、ドキドキしてる。
二人きりだからかな…

何だか、変な気分。

家に着いて、早速キッチンに立つ私

「英治!何が食べたい?」

「…何でも」

「何でもが一番困るんだよねぇ」

うーんと考えていると、対面式キッチンの向こうから英治が身を乗り出してくる

「じゃあ、オムライス!」

「へ?」

子供みたいに目をキラキラさせる英治

「お前、この間昼飯に作ってきてたじゃん。あれすっげー美味そうだったから」

「あぁ!あれね。わかった!」

リクエスト通り、オムライスを作り始める

「…お前、案外手際いいのな」

「さっきから失礼ね〜。そりゃ毎日してるんだから、手際も良くなるわよ」

「…え。お前、毎日自炊してんの?」

「当たり前じゃない。英治は自炊出来るの?」

「…」

「え。もしかして…」

「ばっ…俺だって出来るし!…卵焼きくらいは」

「…英治、外食ばっかりだと太るよ?」

「わーってるけど…」

だってと口を尖らせる英治が可愛くて、笑ってしまう

「わ、笑うなよ」

「あははっ。…もう、わかったよ
明日から私が英治の分もお昼、作ってあげるよ」

「ほんとか?!」

思いのほか食いつきっぷりがいい。

「リクエストがあれば、それ入れてあげるよ」

「何がいいかな…唐揚げとかハンバーグとか…」

目を輝かせ、必死に考え始める英治。

…何だかこうしてみると、知らない英治の一面がたくさんあるなぁ

あの頃はお互いの好みを知ろうとか、思いもしなかったのに。

大人になった私たちは今、初めて知る事が多いのかもしれない。

…もっと、知りたいな。

私の料理本を見ながら一生懸命悩む英治を見ながら、そんな気持ちになっていた。