第一話 突然の再会

…嘘、

こんな偶然、あっていいはず無いわ

先ほど配られた新入社員の一覧表を見て絶句する私

“一条 英治”

でもこんな名前、一人しかいないはず…


ーーードンッッ!!!!!


「ういーす!」

「いっ…?!」

いきなり背後からどつかれ、よろめく私

「よそ見してんなよ!ばーか」

「ばっ…?!」

振り返ると、やっぱりあいつだった

ー…

遡ること五年前、
私と一条英治は幼馴染みだった。
小学校・中学校合わせた九年間、何故かずっと同じクラスで喧嘩ばかりしていた。
しかし、高校はそれぞれ別の進路へと進み、連絡も一切取ることは無かった。

「英治!あんたまた私の本どっかに持っていったでしょ!」

「は?知らねーよ
つか、お前こそこの間俺が貸した本返せっつーの!」

「あ、わりー!それここに置いてたから忘れ物かと思って忘れ物ボックスに置いてきちまった!」

「ほーら!
何でもかんでも俺のせいにすんじゃねーよせっかち!」

「ぐっ…!」

…とまあこんな感じで。
我ながらやんちゃに駆け回ってた気がするよ、学生時代…

❅*॰ॱ

「…っていうか、
なんであんたがここにいるのよ?」

はぁ〜…とため息交じりに問う

「ったく、久しぶりの再会だってのに随分な挨拶じゃねーか?
もっと喜んでくれるかと思ったのによ〜」

「いやさっきあたしどつかれたけど?!」

「こら!!
そこ、うるさいわよ!」

先輩看護師さんに怒られ、びくっとなる

あいつを見ると…案の定、私を指さしてケラケラ笑っていた

「ちょっ…待ちなさいよー!」

「わっ、やめろって!」

そんなこんなで、私の仕事は幕を開けた


私の名前は神崎千尋(かんざき ちひろ)。
二十歳になった今年の春、夢だった看護師になって今日からこの『城東第一病院』に勤務する事になった。

あいつは一条英治(いちじょう えいじ)。
まさかあいつが医者になってるだなんて思いもしなかった!
英治と言えばお調子者とかチャラいっていうイメージしか無かったのに…
いつの間に、そんな出世してたのかしら?

「いつの間にそんな出世してたのかって?」

気がつくと、すぐ横に英治の顔が

「うわっ?!」

慌てて離れるものの、驚いて心臓がバクバクいっている

「ははっ、驚いただろ?
俺、実は頭いいんだよねぇ〜」

…何かむかつく。

あほ面かましてる英治は放っておくとして。
…さて、今日の仕事こなさなくちゃ!

❅*॰ॱ

仕事も終わり、人も少なくなってきた頃、気づけば時計の針は夜の8時を指していた

「神崎さーん!そろそろおつかれ!」

「あ、はいっ!お疲れ様でした!」

ぺこっとお辞儀をして、エレベーターを待つ
私が勤務する6Fにエレベーターが来て乗ろうとすると、先客がいた

「…げ。」

「…んだよ」

「…べつに」

ピッ、と1Fのボタンを押して英治から遠ざかる

「…元気にしてたのか」

そっぽを向いたまま、英治が話しかけてきた

「…うん」

「…そうか」

「…」

「…」

…うわぁ、気まずい。

英治といると喧嘩しかしないから、あんまり近寄らないようにしてたんだよね…

「…お前さ」

「なに」

「担当どこ」

「えっと…6F」

「…そうか」

「…英治は?」

「俺?俺は…」

次の瞬間、盛大に吹いた

「小児科」

「っ…!!!!!はあぁ?!!!!」

「うっわ!ちょ、きったな!!」

「いやいやいや…え?え?!
英治が小児科?!嘘でしょ?!」

「…んだよ。
俺が小児科じゃいけねーのかよ」

「いや…だって英治、子供嫌いじゃなかったっけ?」

そう。
英治、近所の子供がやたらと近寄っては来ていたものの…全く相手にせず、終いにはキレて泣かせてしまうほど子供が大嫌いだったはず。

「…った」

「え?」

「…克服、しようと思ったんだよ」

「何でまた?」

「…好きなやつの子供を可愛がれないとか、嫌だからさ」

ードクン。

「英治…あんた好きな人いるの?」

ーやめて。

「…」

ー聞きたくない。

「…」

ードクン。

「…あぁ」

ーチクッ。

なに、これ…
胸の奥が、チクリと傷んだ

「そ、そうなんだ…」

慌てて英治から視線を逸らす

「……お前は?」

「え?」

「好きなやつ、いんの?」

「わたし、は…」

何故かその時、英治が脳裏に浮かんだ

「?!」

「えっ…ちょ、」

タイミング良くエレベーターのドアが開き、咄嗟に逃げてしまった

「ちょ…おい!」

後ろで英治の声が聞こえた。

だけど、振り返れなかった。

何故か私は、泣いていた…。

「はぁ…はぁっ…」

駐車場まで全速力で走ってしまったせいか、車に入った途端、全身の力が抜ける

「…ははっ…こんなに…一生懸命走ったの…いつぶりだろ…」

…英治を追っかけてた中学時代が最後かな…

ようやく息が整い、帰ろうとした所、外からコンコン、と窓を叩く人がいた

「楓くん!」

「よっ」

成り行きで、楓くんとご飯に行くことになった。

彼は山本楓(やまもと かえで)。
中学時代、英治とよく一緒にいた男子の一人でふわふわとしたかわいい系の男の子。
いつも私と英治の喧嘩をニコニコ笑って見ていた…気がする。

「いやぁ〜まさか神崎ちゃんと同じ病院に勤務するとはね〜」

「私もびっくりだよ!
楓くんは居るし何より…あいつも居るし」

「?…英治の事?」

「うん」

「そっかぁ〜」

もぐもぐとハンバーグを頬張りながら嬉しそうにしている楓くん

…なんか、和む

「でもね」

ごっくん、とハンバーグを飲み込む楓くん

「英治、神崎ちゃんに会うのすっごく楽しみにしてたんだよー?」

「え?」

予想外の言葉に一瞬固まる

「い、いやいや…それは無いでしょ」

「えー?ほんとだよー?
だって英治ってば………あ。」

「?」

「あはは。なんでもなーい」

そう言って、またハンバーグを頬張る

「なになに〜?」

「忘れちゃった〜」

ニコニコしている楓くんはある意味読めない。

まぁ、いいか…

それにしても、英治に好きな子なんて居たんだ…

さっきまでの出来事を思い出し、また考えてしまう

「…神崎ちゃん、大丈夫?」

心配そうに顔を覗き込む楓くん

「…楓くん」

「どーしたの?」

「…英治って、好きな子居たの?」

一瞬きょとん、とした顔になったが…
ふふ、とまた笑顔に戻る

「英治の好きな子、気になる?」

「え、いや…そういう事じゃ…」

「まぁきっと、そのうちわかるよ〜」

そのうち…わかるの?

…何だろう、すごく聞きたくない…

このモヤモヤは、なんだろう。

楓くんと別れた後、家に着いた私はお風呂に入った

お気に入りのピンクの入浴剤を入れても、一向に気分は晴れない

…英治に悪いこと、しちゃったな

反省しつつ、ふと思い出す

「そう言えば…なんであの時、英治の顔が思い浮かんだのかな…」

その答えは、この時の私にはまだわからなかった


ー翌日。

「うわぁ…二日目にして行きたくないとかありえない…」

私のモチベーションは一気に下がっていた

「…どうか英治に会いませんように…!」

昨日より十分ほど早く家を出た。

更衣室で着替えを済ませた私は休憩室で一息ついていた

「…はぁ」

「あら、神崎さんじゃない。どうしたの?」

声をかけてくれたのは先輩看護師の秋田さんだった

「…ふぅん。幼馴染み、ねぇ」

「ほんとに、昔から全然変われてないなぁって、反省してます」

「でも、それはそれでいいんじゃないかしら」

「…え?」

「変わらないあなたを見て、彼もほっとしたんじゃない?
もしあの時…彼があなたをどついた時、あなたが泣き出したり昔とは全然違うリアクションをとっていたら?」

「…」

「彼、困るでしょうね」

ふふっと苦笑いをしながら話を続ける秋田さん

「いいわねぇ…私にも、そんな時代があったかしら…」

「秋田さんは…もうご結婚されてるんですよね?」

「ええ。
小学六年生の長女と小学四年生の長男、あと幼稚園児の次女」

「結構上の子はもう大きいんですね」

「それでもまだまだ手はかかるわよ〜?まぁ、それも今のうちだけどね」

…いいなぁ。
私もいつか、こんな風に誰かに話したりするのかな

「まぁ、とりあえず!」

「?」

「仲直り、しておいで!」

「!」

「いつまでもこんな状態、続けられないでしょう?
医療者の不安やイライラは患者さんにも伝わっちゃうからね
早いところ、仲直りするのが一番よ!」

「秋田さん…」

「それじゃ、いい報告待ってるね!」

秋田さんが去った後、大きく深呼吸をして。

「……よしっ!」

英治を見つけたら、真っ先に謝りに行こう。
それで、ご飯に誘おう!
英治、食い意地張ってたからきっと喜ぶかな

気持ちを切り替えた私はナースステーションに戻る

しかし、そこで私が見たものは…

「も〜一条先生ったら〜」

「いやいや!これ俺?」

楽しそうに、他の看護師と話をする英治だった