7歳の時に受けた恵斗さんの心の傷。
 
それが原因で、毒舌で悪魔のような性格になってしまった。

だけど、だけど。
だとしたら。

恵斗さんの心の傷さえ癒すことができれば、
恵斗さんの毒舌も性格もなおるんじゃないかしら?


そうだ! 


私はひらめきを得た。


「おはようございます!」
次の日、元気よく「シャルロット」の扉を開けた。いつものように恵斗さんはもくもくとケーキを作っていた。昨日と違って、今日はちゃんと予定通りの数ができている。

私は深呼吸をして、恵斗さんに訴えた。
「恵斗さん! 作りましょうよ! 蜜子さんのウエディングケーキ!」

「はぁ!?」

思った通り、恵斗さんは目を見開いて怒りをあらわにした。
「何言ってんだよ、ブタコのくせに! ってゆーか! 兄貴だな! 余計なことしゃべったのは!」
 声を荒げる恵斗さん。でも、ここでひるんじゃいけない! 
 私は深呼吸をした。

「蜜子さんのためだけじゃなくて……恵斗さんの気持ちの整理のためにも!」

「なっ……何ぃ!?」
恵斗さんの顔は真っ赤になった。
「おまえに俺の気持ちがわかってたまるか! 俺は、俺は……」
恵斗さんは震えていた。怒りなのか、それとも……。
「俺は……騙されていたとも知らずに……。毎日毎日、ケーキを……」
恵斗さんの瞳に光るものが見えた。

私の心はきゅんと痛んだ。傷ついた恵斗さん、7歳のままで時が止まってる。
恵斗さんのこと、絶対に絶対に、何とか助けてあげたい!

「でも……。そのおかげで恵斗さんはたくさんのスイーツを作れるようになったんでしょ!」

「……」
恵斗さんは黙ったままだった。

「今の恵斗さんがあるのは、蜜子さんのおかげよ!!」
 私は力いっぱい訴えた。

「ブタコ……」
恵斗さんは思いつめた表情を見せた。

「ね、だから、作りましょう! 蜜子さんのために!」
「で、でも…。蜜子は甘いモノは苦手なんだぜ」
うっ!そ、そうだった!そもそもの問題の発端はここにあったのだ。
「じゃ、じゃあ」
私は苦し紛れにこう言った。

「甘いモノが苦手な人でも美味しく食べられる、甘くないスイーツ! 蜜子さんのために考えましょうよ!」

「甘くないスイーツ?」
そんなもん、ねーよ! と一蹴されるかも?と思った。
しかし、恵斗さんは言った。

「そういえば、パリの町中にあるような昔ながらのパティスリーは、甘いケーキも当然そろってるけど、必ず塩味系の商品も売ってるんだ」
「塩味系?」
「ああ、ミートパイとかキッシュとか。シャルロットにはまだそんな商品はなかったな」
恵斗さんの瞳がみるみると輝いた。
「よし! やってみよう! 今日の営業が終わってから試作品を作る! ブタコ! おまえも手伝えよ!」
「はいっ!!」

嬉しい! 
ワクワクした。ウキウキした。ドキドキした。
こんなに心が躍るのは生まれてはじめて。

毒舌で悪魔で、正直はじめは苦手だった恵斗さん。
だけど、私は恵斗さんのスイーツで幸せな気持ちになれたんだもん。


恵斗さんの力になりたい。


恵斗さんに近づきたい。