世子様に見初められて~十年越しの恋慕



やはり、世子様は気遣って優しい言葉を掛けて下さったのだ。
ただ単に顔を見にいらしたのに、泣き顔を見せ困らせてしまった。
私の気持ちなど受け取るつもりは毛頭なくて、初めから友人の一人に過ぎない。
世子様の友とし認められるだけでも光栄なのだが、ソウォンの心は平常心を欠いていた。

堰を切ったように溢れ出す涙。
無数の雫がソウォンの頬を伝う。
一瞬でも女人として見て欲しくて、ソウォンは世子のチュンチマク(中致莫:両班の男性が身に着ける外出着)の胸元部分をぎゅっと掴んでしまったのだ。

気付いた時には既に遅し。
世子様は困った様子で溜息を吐き、ソウォンの背中をあやすかのように優しく撫でる。
そして、手にしていたコチをソウォンの髪に挿したのだ。

愚図る子供を宥めるようにされて、改めて思い知らされる。
ほんの一瞬でも女人として見られていたら、きっと私の気持ちに気付くはず。
だが、縋るようにしている私を目の当たりにしても、世子様には手のかかる子供にしか見えないのであろう。
ソウォンは、何とも言えぬ悲しさが込み上げて来た。

「このコチはその昔、私が母上に強請って頂いたものだ」
「…………へ?…………王妃様………の?」
「さよう」

ヘスは当時を思い返し、笑みを浮かべた。

「そなたも記憶しているだろうが、宮中でも私の婚礼に関し、かなり賑やかになり………。母上がそんな私を気遣い、昌徳宮(チャンドックン:景福宮の東に位置する王宮)にある愛蓮池(エリョンジ:後苑)へと散策に誘ってくれたのだ」
「…………」
「普段は使われてない(王に応じて使用する王宮が違うため。現国王は景福宮に居所を構えている)その場所を訪れ、母子水入らずに過ごしたのだ」

血の繋がった親子であっても、簡単に会えぬのが王宮というもの。
決して本心を口にしてはならぬと幼少期に教わるため、常に孤独との闘い。
そんな世子を不憫に思い、母である王妃はこっそり世子との時間を大切にしたのだ。