世子様に見初められて~十年越しの恋慕



長年心の奥に秘め隠し、大事に大事にしてきた想い人から面と向かって弄ばれるような言動を受けたのだ。
それがどこにでもいるような両班の子息なら、その場で絶縁もの。
だが、相手は世子様。
不服を唱える事さえ許されない。
奥歯を噛みしめ、気持ちを落ち着かせる。
けれど、目の前には本人、しかも動作の度に仄かに白檀の香りが鼻腔を擽っていては、正常心を保てるというものでもない。
無意識に胸が高鳴ってしまうのだ。
いっそこの場で心の臓が止まってしまえばいいのに……そんな風な考えが過った、その時。
ヘスは胸元からソンスゴン(指手巾:ハンカチ)を取り出し、中から翡翠と真珠があしらわれたコチ(小さい簪)を手にした。

「そなたを泣かせるつもりで来たのではない。父上に挨拶を済ませ寝所に戻る際中、ふと月を目にして、無性にそなたに逢いたくなったのだ」
「ッ?!」
「せっかく王宮を抜け出して来たのだ。………顔を見せてはくれぬか?」
「っ………」

嬉しくなるような言葉を掛けて下さったのは、世子様の気遣いかもしれない。
いや、きっとそうに違いない。
けれど、それでもいい。
心の無い言葉だとしても、今自分の目の前にいるのは、間違いなく正真正銘世子様なのだから。

ソウォンは、すっかり涙で濡れた瞼を押し上げ、ゆっくりと視線を上げた。
涙で歪む視界の先に、優しく微笑む世子様がいる。
繋がれていない方の指先でソウォンの頬に伝う涙を優しく拭うと、その指先は吐息が漏れる口元へと辿り着いた。

感触を楽しむかのように何度もなぞられる。
じっと見つめられるその視線に恥ずかしさが込み上げて来た。
だって、ソウォンは素顔なのだ。
紅の一つもしていれば、気持ちも違ったかもしれない。
だが、白粉や頬紅すら施してなく、至近距離で見つめられては毛穴まで見透かされそうで……。
一気に顔が上気し、恥ずかしさのあまりどうにかなりそうであった。
そんなソウォンの体を引き寄せ、ヘスは優しく包み込んだ。

「このような時間にそのような顔をするでない。ここへ来たことを後悔するではないか」
「ぅっ………」