長い指先がソウォンの胸元へと伸びて来た。
その瞬間、ソウォンは未だかつてないほどの緊張に襲われた。
よくよく考えれば分かりそうなものだ。
人目を避け、夜更けにわざわざ屋敷に訪れる理由。
そうだとしたら………。
ソウォンの脳内では一つの答えを弾き出し、自ずと納得するかのように瞼を閉じた。
恐れ多いが、仮に世子様に見初められたとして、拒むことは許されない。
正式な儀式を経て王室の一員になっているならば、それこそ国儀にも値するほどの事なのだから。
頭の中では理解しているつもりでも、心と体は思うように理性を保てず、不安と恐怖で押し潰されそうであった。
指先の震えだけでは収まらず、肩や顔まで震え出した。
それを必死に止めようと試みるも、ますます体が緊張で強張ってゆく。
そんなソウォンを見つめ、ヘスは安堵したような、それでいて寂しそうなそんな表情を浮かべた。
ヘスの指先はオッコルムをつまみ、無言でそれを交差させた。
「そなたを抱くつもりは鼻から無いゆえ、安心するがいい」
「っ…………」
ヘスは丁寧にオッコルムを結び、乱れている前髪を横に流す。
不安に陥っているであろうと察したヘスは、ソウォンを安心させるために言葉を掛けたのだ。
だが、ソウォンは複雑な心境に陥った。
心の準備も無く初夜を迎える訳ではないことに安堵するものの、女人として魅力が全くないと言われているようで、心の奥が軋み、鈍い痛みがソウォンを襲う。
「何故泣くのだ」
ソウォンの頬に涙が伝う。
心の奥底に大事にしていた感情を踏みにじられた気がして、切なく苦しくなったのだ。
そんなソウォンの気持ちなど伝わるわけもなく、ヘスはわけも分からず狼狽した。
「ではっ、……………何ゆえ、………このような……場所に…………」
嗚咽に似た声で尋ねると、
「用がなければ、来てはならぬのか?」
「へっ?」
「事前に知らせを入れず、そなたを驚かせたのはすまなかった。だが、私の立場も考えてくれぬか。公に王宮を抜け出す訳にもいかぬ身ゆえ……」
ソウォンは、やり場のない感情に駆られた。



