「このような夜更けにすまぬ」
「………いえ、それは構わないのですが………」
ソウォンの部屋に現れたのは、世子であるヘスであった。
事前に知らされていなかったため、支度もままならず、ソウォンは素顔である。
化粧する時間すらなく、せめて服だけでもと急いだのだが、指先が震えていては着れるものも着れないありさま。
ヘスを目の前にして顔を伏せねばならないソウォンは、結びきれてないオッコルム(チョゴリの胸の結び紐)を手で押さえながら頭を下げた。
そんなソウォンにゆっくりと近づくヘス。
微かに震えている指先に気付き、笑みが零れ出した。
「わざわざ着替えぬとも良かったのに」
ヘスはソウォンの目の前まで歩み寄り、膝を折る。
そして、震えているソウォンの手を静かに取った。
完全に結ばれていないオッコルムはするりと解け、チョゴリの襟元からソッチマが覗く。
少しひんやりとした指先はソウォンの顎をゆっくりと持ち上げると、自然と両者の視線が絡まった。
「今日のそなたは、実に魅力的だな」
「ッ?!」
目を丸くするソウォンに不敵な笑みを向けるヘス。
ソウォンの心の臓は、けたたましく悲鳴を上げた。
ヘスはいつもとは違うソウォンを見つめ、満足そうに胡坐を掻いた。
「座るがよい」
ヘスに手を取られたままのソウォンは逃げることも隠れることも出来ず、成す術なく腰を下ろす。
すると、ヘスはソウォンの痛い所をついて来たのである。
「化粧をせぬと、思った以上に幼顔なのだな」
「っ………」
母親譲りの美貌とはいえ、まだ二十歳にも満たないソウォンは、どこかあどけなさが残る顔立ちだ。
目鼻立ちはくっきりしているが、大人の秘めごとをまだ知らぬソウォンには、魅惑さが足りないからであろう。
宮中で多くの女人を目にして来た世子にとってソウォンは、気高さを兼ね備えた蕾のように感じられた。
世子がこんな夜更けに何用でいらしたのか。
昨夜も見舞いにおいで下さったが、今宵も見舞いだろうか?
顔見知った間柄とはいえ、このような時間に、しかも自宅にお越しになる理由は一体何であろうか?
ソウォンには見当もつかない。
混乱する頭で、必死に答えを探し求めていると。



