庭に出ると、兄の隣に世子様、そして少し離れた所に世子様の護衛である親衛隊の方がいる。
ソウォンはコッシン(花などの刺繍が施された靴)を履き、彼らの前に歩み進めると、セユンを先頭に無言で裏門へと歩き出した。
裏門を出ると、兄のセユンは深々と一礼して門の中に消えて行った。
「すまぬ、このような夜更けに……」
「……とんでもございません。このような場所に………」
お許しが出るまで顔を上げてはならない。
直視するなど、もってのほか。
ソウォンは自分の足先を見つめるように目を伏せていると、
「馬に乗れるか?」
「…………はい」
小さく頷いたソウォンにヘスは手を差し伸べた。
体調が優れないとはいえ、自力で馬に跨ることくらいは出来るのだが、ヘスはソウォンの体を軽々と持ち上げ、愛馬の背に乗せた。
そして、ソウォンを大事に抱えるように跨り、護衛に目配せすると愛馬の腹を軽く一蹴り。
ゆっくりとした足取りで馬は歩き出した。
ヘスの護衛は少し距離を置き、静かに二人の後を追う。
暫く進むと、先に口を開いたのはヘスだった。
「具合はどうだ?痛みはあるのか?」
「………ご心配お掛けし、申し訳ありません。もう心配には及びません」
「そうか、無理するでない。辛くなったら直ぐに言うのだぞ?」
「…………はい」
優しい声音。
そして、体勢を崩さぬようにソウォンの腹部を左手で抱え込んでくれている。
殿方に、しかも、恐れ多くも世子様に抱き抱えられるような体勢に。
密着することに恥ずかしさを覚え、手を払いたいところだが、そんなことをしたらその場で斬首ものだ。
ソウォンにはなす術がない。
馬の息遣いより世子様の吐息が耳につき、胸の鼓動が激しさを増す。
漢陽の街は静けさに包まれ、梟の囀りと犬の遠吠え、そして、数馬の蹄の音が響く中、ソウォン達は漢陽を見下ろす丘に辿り着いた。
ソウォンは軽く振り返ってみたが、そこには護衛の者は見当たらない。
どこかにいるのだろうが、気配が全く感じられなかった。



