少し明るめの小豆色したそれは、メドュプ(飾り結び)で作られた腕輪。
ソウォンの白い肌によく合い、愛らしい表情を覗かせる。
ソウォンはそれを鼻先にそっと近づけた。

「っ……」

やはりあれは夢では無かったらしい。
腕輪からは微かに白檀の香りがした。

ソウォンが昏迷に陥って以来、ソウォンの部屋には白檀のお香は焚いていないとチョンアが言っていた。
もしかしたらお香が原因で深い眠りに陥ったのかもしれないと思ったからだ。
室内からは白檀の香りは微塵も窺えない。
だからこそ、確信した。
あの方がここにおいでになったのだと。

チョンアが嘘を吐いているようには見えない。
チョンアは知らないのだろう。
だとすると、誰に尋ねたらいいのか。
下手に口にすることが出来ない為、ソウォンは自分の胸の内にだけ留めておくことにした。



子時(チャシ:午後十一時から午前一時)の刻。
既に森閑としている屋敷内に、数名の足音がソウォンの部屋へと向かっていた。
その中の一人が部屋の戸を軽く叩く。

「ソウォン、………私だ。寝ている所、すまない」

声の主は、兄のセユンである。
寝衣の状態で、ソウォンの部屋を訪れたのだ。

ソウォンは長らく寝ていたせいか、眠りが浅かった。
なので、兄の声に気付き、すぐさま返答する。

「こんな夜更けにどうされたのですか?」

ソウォンは、少し乱れた髪に指先を添わせながら、静かに戸を開くと。
そこには兄の肩越しに、いるはずのない人物が見えた。

「へ………?!」

ソウォンは呼吸すら忘れ、硬直した。

「世子様がお越しだ。支度を整えなさい」

手燭の明かりに照らされたセユンが目配せし、戸が静かに閉じられた。
ソウォンは一瞬戸惑ったが、世子様を待たせる訳にはいかない。
すぐさま着替え、チャンオッ(長衣)を左手に抱え戸を押し開けた。