「何処へ行く気だ」
「へ?」
ヘスに腕を掴まれてしまった。
「そなたの乗る馬は、この馬だ」
「………はい?」
ヘスは当たり前だと言わんばかりににやりと口角を上げた。
「何かのお間違えでは……?私のような者が乗るなど………とんでもございませんっ!」
「フッ、私が良いと申しているではないか」
「ですが………」
「ここにいる馬の中で、私の馬以上に乗り心地が良い馬がいると思うか?」
「っ……、それは………」
ヘスの言葉に返す言葉が見つからない。
献上された最高級の馬に匹敵する馬など、そう簡単にいる筈がない。
だからと言って、のうのうと世子の愛馬を私が乗って帰るだなんて……。
ソウォンはユルに助けを求めようと視線を送った。
すると、すぐさまユルは駆け寄って来て、世子の前に跪いた。
「世子様。お嬢様はまだ馬に乗れるような状態ではございません。私の馬に乗せて帰るつもりです」
「ん、病み上がりなのは承知している。それゆえ、私の馬に乗せるつもりだ」
「っ……」
ソウォンの目配せに応える為に発した言葉であったが、何やらユルの言葉が世子の気に触ったようだ。
それまで笑みが零れるほど上機嫌だったヘスがユルの言葉に表情を一変させた。
「そなたの馬は、私の馬に勝っていると申すか」
「いえ、そういうつもりで申し上げたのでは……」
ユルは地に額を打ち付けるかの勢いで頭を下げた。
「心配ない。ソウォンを一人で乗せるつもりは毛頭ない」
「はい?…………それでは………」
「私と共に乗るゆえ、そなたはソウォンの馬を牽いて参れ」
「………………はい、世子様」
親衛隊の隊員達は知らされていたようだ。
ヘスの言葉に驚いた様子はない。
そんな隊員達の視線の先にいるソウォンは、完全に放心状態となっていた。



