世子様に見初められて~十年越しの恋慕



ヘスは嫌な予感がして自分の脇腹に手を当てた。

剣先が掠めた時は焼けるような痛みを覚え、次第に意識と感覚が無くなって行った。
今は意識を取り戻し、痛みを感じる。

月明かりしかないため断定は出来ないが、状況からして毒によるものだろう。
そして、その毒を彼女が吸い出したという事か……。

ヘスは盛大な溜息を零し、遣る瀬無さに駆られた。

彼女に会った時は必ず助けて貰っている。
しかも、会うほどに事の大きさは増して……。

自分の身を危険に晒してまで助けて貰った事にヘスは狼狽えずにはいられなかった。

「何としてでも助けねば……」

人は“王”や“世子”の命ほど貴いものは無いと言うが、例え奴婢であっても命の尊さに違いはない。
世子はそう思っている。
宮中に限らず、全国何処にいても“世子”だというだけで、特別扱いは当然だが……。
それが、時に苦痛に感じる事がある。

目の前の娘と出会って、その感情は日に日に増していった。

天真爛漫さだけでなく、正義感も強く利発で。
両班の娘だという事すら忘れてしまうほど、自由に生きているその姿が……。

身分を隠して信念を全うしようと努力している彼女の夢を潰す訳にはいかない。

ヘスはソウォンの体が少しでも温まるように、必死に彼女の体を摩った。



焼べた枯れ木が跡形もなく灰となった頃、空が薄っすらと明るくなって来た。

身支度を済ませたヘスはソウォンを背負い、神経を研ぎ澄ませ、気配が無いことを確認しながら上常山城を目指した。