世子様に見初められて~十年越しの恋慕



小さな紙包みの中身は乾燥させた吐根(トコン:催吐薬)と沢瀉(タクシャ:利尿剤)。
曼陀羅を解毒させる特効薬は存在しない為、いち早く症状を改善するには毒素を体外に出すしか術はない。

ソウォンは世子に飲ませる水を汲みにその場を後にした。
斜面を少し下った先に岩肌に伝う水を見つけた。
水を汲むような容器が無い為、手持ちの布地に水を含ませる。

「世子様っ……」

世子の口元に水を含ませ、再び岩場へと向かった。

何往復かしたソウォン。
自分より重い世子を支えながら川を渡り、急な斜面を何往復もすれば、体力もあっという間に限界に。

「世子……様……」

乱れる息、上下する肩。
震え出す脚、軋む胸。

普段稽古をしているからといって、このような不測の事態に対応しきれるほどの体力がある訳ではない。
あくまでも最低限の術を身に着けているというだけ。

ソウォンは世子の傍らに膝をつき、世子をまっすぐ見つめた。
利尿作用の薬を飲ませたと言ってもごく僅か。
すぐに効き目が出るとは限らない。
更に催吐を誘引したからといって、毒素を全て吐き出せる訳ではない。
僅かに吐き出された吐瀉物を葉で拭い取り、ソウォンは唇を嚙みしめた。

「世子様っ……お許し下さいませ………」

ソウォンは再び世子の衣を広げ、患部に顔を近づけた。
細く長く息を吐き、そしてゆっくりと世子の傷口を小さな口で覆った。

どれほど吸えば良いのかすら分からない。
吸っては吐き、吸っては吐き……。
毒素が既に神経に達しているのは明らかな為、ソウォンは何度もそれを繰り返した。

次第に視界が歪み始め、目頭に痛みを感じ、徐々に体の力が入らなくなっていった。