「世子様っ、私の声が聞こえますか?」
ソウォンは世子の手を強く握り、意識を手放さぬように声掛けすると。
「ちょ……うがっ………あんな…………にもっ」
「へ?」
蝶?……どういう意味?
ソウォンは辺りを見回し、すぐさま世子の言葉の意味を理解した。
薄っすらと開いていている世子の双眸。
山中とは言え、辺りには蝶はおろか、蛾ですら飛んでない。
何が蝶に見えたのか?
もしかしたら、見えぬはずなのに彼にだけ見えているという事は……幻視だわ。
「世子様、そっと目をお閉じ下さい」
「………ん」
ソウォンはゆっくりと瞑られた瞼をゆっくりと開く。
すると、既に瞳孔が拡大していた。
頻脈、幻視、瞳孔拡大、脂汗……。
最初は苦痛に喘いでいたのに、今は沈鬱状態。
恐らく、既に神経麻痺が起こっていて、紛れもなく毒によるものの症状である。
「幻視があるという事は……………曼陀羅華(マンダラケ:朝鮮朝顔)?」
毒にも様々な種類がある。
沢山の書物を読み漁った中で、毒による中毒症状を記した書物もあった。
ソウォンはすぐさま袂から小さな筒を取り出し、蓋を開ける。
万が一の時の為に、筒の中に解毒薬を忍ばせている。
これも、チョンアとの約束事の一つであった。
いつ何時何が起こるか分からない。
幾ら男装しているからといって、危険な目に遭わないとは断言出来ないからである。
ソウォンは小さく折られた紙の包みを取り出し、それを慎重に広げた。
「世子様、口をお開け下さいっ」
既に体は弛緩したかのようにぐったりとしており、視点が合わない。
ソウォンはゆっくりと粉末状のものを世子の口に入れた。



