「心配して下さるのはとても有難いのですが、ここでお休みにならなくとも…」
「どこで休もうが、ここは東宮の敷地内だぞ」
「あ、はい。ですが、世子様には……、嬪宮様がいらっしゃるではありませんか?」

ソウォンの言葉に、ヘスは自身の髪に挿してある簪を抜く手が止まった。

「嬪宮から聞いていると思うが、嬪宮は形だけの妃だ」
「はい、存じてます。ですが、世子様の正妃です」
「………」

ヘスはソウォンを見つめ、唖然とする。
そして、物凄い速さで思考を巡らせ、小首を傾げた。

「前に言った言葉を忘れた訳ではあるまいな」
「え?」

何のことやら?といった表情のソウォン。
ヘスは途端に焦り始めた。
一世一代の大仕事を記憶から消去されたのでは?と不安に陥る。
妻がいる身であっても、その妻にさえ囁いた事のない告白を。

「生涯、私の傍で、私を見守って欲しいと伝えた筈だが?」
「はい。………覚えています」
「ならば、先程の言葉は?」
「へ?」

目を丸くするソウォン。
ヘスが言っている意味が分からない。

「冗談……では、無いよな?」
「何の事でしょう?」

あ、すっかり忘れていた。
目の前のこの娘の思考回路が、たまに右斜め上あたりに進むことを。

人より回転が速い上、決断力もある。
それでいて常に聡明で、他者に染まることもない。
それ故に、彼女の思考に追いつかない事もしばしば。
それが新鮮で、そこが魅力でもあり、私の心を鷲掴みにしたのだから。

「この際、はっきりしておこう」
「何をでしょうか?」
「私とそなたの関係を」
「………」

一瞬で表情が凍りついた。
何故だ。
恐らく、思考が意図としない方向に向いてるな。

ヘスはソウォンの手を取り、布団の上に座らせた。