「まずいな…」

丕顕閣の外にまで道標のように残された血痕に気付くヘス。
すると、ヒョクは刀で自身の腕を斬りつける。

「ヒョク!」
「お任せ下さい」

ヒョクはわざと流血させ、丕顕閣から建春門へと向かって駆け出した。

「シンス、チョンセ(ヒョクの右腕、左腕の武官)」
「はい、世子様」
「例え女官や内官であっても、私の許可なく部屋に通すな」
「承知しました」

※ ※ ※

ソウォンは自身のソッチマ(夜着の下衣)の裾を破り、ダヨンの腕に巻く。

「ごめんなさい、私のために…」
「大した怪我ではありません。ソウォン様こそ、お怪我はありませんか?」

ダヨンはソウォンの体を確認する。

「私は大丈夫です」

ソウォンは身振り手振りで平気だと伝えると、安堵したダヨン。
ダヨンは室内を隈なく見渡す。
王から隠し部屋があるとは聞いていたが、まさに今いるこの部屋らしい。

再び入口の戸がゆっくり開く。
薬を手にしてヘスが現れた。

「ソウォン、手当てが出来るか?」
「はい」

長年連れ添った夫婦かのようなヘスとソウォン。
久しぶりに逢ったというのに、顔を見ただけで安心感のようなものを覚える。

ソウォンはダヨンの腕の手当てをし、ダヨンはこれまでの経緯と自分の身分に関する事を洗いざらいヘスに話す。
話を聞いたヘスは呆然と立ち尽くす。
父親である王が、長年の陰謀を暴くからにはそれなりに計画を立てている事くらいは察しが付くが、まさか、自分の妻である嬪宮でさえ、その駒の一部であったとは。
けれど、納得した面もある。
先日嬪宮と離縁し、別の者を嬪宮に据えたいと申し出た時、王は全く動揺すらしなかった。
あの時はこの十年もの間、一度も同衾していないことを見透かされたのかと思っていたが、そんな事はどうでもいい事なのだと改めて実感した。
世継ぎが出来なくても、それほど急かされる事もなく、これまで過ごしてこられた本当の意味を。