世子様に見初められて~十年越しの恋慕



「開けよと言っているのが、聞こえぬのか」

もう、お手上げ。
未だ聞いた事の無いほどに凄みのある声に白旗をあげた。

ゆっくりと瞼を押し上げると、世子様の瞳が真っすぐ射貫く。
その瞳は怒りと切なさが滲む、失意にも似た感情が読み取れた。

「知らぬ間に夫のある身になったり、己を顧みず人助けをしたり……」
「それは………」

言い訳すら出来ない。
全ては世子様の為だとしても、命を賜った訳ではなく、勝手に自分がした事で。
幾ら好奇心が旺盛とはいえ、これまで何度も世子様に助けて頂いたのも事実。
自分の身勝手な行動で、世子様のご気分を害してしまった事に今更後悔しても……。

「私に一度しか茶を淹れてくれた事が無いのに、他の男には酌をするのか?」
「…………」
「このトルパンジに、………千歩譲るとしよう」
「っ……」
「だが、そなたは女人なのだ。それも婚姻前の娘だという事を忘れた訳では無かろう」
「………はい」
「妓房で酒に酔った男が何をするか、知らない訳では………無いよな?」
「………」
「手籠めにでもされたらどうするつもりだったのだ」
「ッ?!」
「幾ら剣術の練習をしたとて、所詮女子。男の力に勝てる訳が無かろう」
「………」
「本当に、………目が離せぬ」

手首を掴む手に力が入ったと思ったら、世子様の額が肩に。

世子様が失望なさっても無理はない。
普通の両班の娘なら、こんな事を考えたりもしないだろうから。

入宮するという事は、汚れのない生娘でなくてはならない。
知らない訳では無かったのに。

終わりが見えぬほどの溜息を漏らす世子様に、胸が痛む。
無鉄砲すぎる自身の行動に後悔の念を募らせた。


そして、世子様はゆっくりと御頭を持ち上げた。