「開けよと言っているのが、聞こえぬのか」
もう、お手上げ。
未だ聞いた事の無いほどに凄みのある声に白旗をあげた。
ゆっくりと瞼を押し上げると、世子様の瞳が真っすぐ射貫く。
その瞳は怒りと切なさが滲む、失意にも似た感情が読み取れた。
「知らぬ間に夫のある身になったり、己を顧みず人助けをしたり……」
「それは………」
言い訳すら出来ない。
全ては世子様の為だとしても、命を賜った訳ではなく、勝手に自分がした事で。
幾ら好奇心が旺盛とはいえ、これまで何度も世子様に助けて頂いたのも事実。
自分の身勝手な行動で、世子様のご気分を害してしまった事に今更後悔しても……。
「私に一度しか茶を淹れてくれた事が無いのに、他の男には酌をするのか?」
「…………」
「このトルパンジに、………千歩譲るとしよう」
「っ……」
「だが、そなたは女人なのだ。それも婚姻前の娘だという事を忘れた訳では無かろう」
「………はい」
「妓房で酒に酔った男が何をするか、知らない訳では………無いよな?」
「………」
「手籠めにでもされたらどうするつもりだったのだ」
「ッ?!」
「幾ら剣術の練習をしたとて、所詮女子。男の力に勝てる訳が無かろう」
「………」
「本当に、………目が離せぬ」
手首を掴む手に力が入ったと思ったら、世子様の額が肩に。
世子様が失望なさっても無理はない。
普通の両班の娘なら、こんな事を考えたりもしないだろうから。
入宮するという事は、汚れのない生娘でなくてはならない。
知らない訳では無かったのに。
終わりが見えぬほどの溜息を漏らす世子様に、胸が痛む。
無鉄砲すぎる自身の行動に後悔の念を募らせた。
そして、世子様はゆっくりと御頭を持ち上げた。



