「ソウォン」
怒気を含んだ声にますます手が震えてしまう。
いつもは温厚な世子様がこれほどまでにお怒りになるだなんて。
世子様の為だとは言え、無鉄砲過ぎたと反省しても後の祭り。
言い訳の言葉すら許されない立場に、ただただじっと微動だにせずにいる以外何も出来ない。
ぎゅっと瞼を閉じていても分かる。
絹地の擦れる音と一歩一歩近づく足音と溜息の漏れ出す吐息が。
すぐ目の前に世子様の気配が感じられた、次の瞬間。
下顎がグッと持ち上がった。
「ソウォン」
「……………はい、世子様」
これ以上、世子様を欺く事は出来ない。
ううん、違う。
許されない。
観念した私はごくりと生唾を飲み込むと、世子様は盛大な溜息を零し、その吐息が頬にかかる。
「そなたが商団で働く事は認めているが、妓房で働く事を許した覚えは無いぞ」
「っ……」
両班の女性が働く事すら憚れる世の中なのに、両班の娘が妓房に出入りしてるだなんて、それこそ笑いものでしかない。
「化粧し、髪を変え、着飾れば、私の目を欺けると思ったのか?」
「…………」
返す言葉が無い。
声色を変えた所で、何度も鼻先がつきそうなほど間近で見られているのだから、弁解の余地も無い。
「そなたにはいつも驚かされる。何度心の蔵が縮み上がったことか」
「…………申し訳ございません」
「好奇心旺盛な所も責任感が強い所も良いと思うし、明るく聡明な所も好きだが……」
「っ……」
背後の棚にドンッと体がぶつかり、軽い衝撃を受けた。
そして、右手首をぎゅっと掴まれ、棚板に張り付けられるように追い詰められた。
「眼を開けよ」
「………」
下顎を持ち上げていた手が、頬を掠めて背後の棚に着くと。
世子様との間にあった距離が一瞬で無くなり、ふわっと白檀の香りが鼻腔を掠めた、次の瞬間。



