世子様のお忍びをそっと知らせようとしたら、シファ辺首は知っている様子で。
よくよく考えれば、分かりそうなもの。
事前に知らせがあったに違いないのに。
普通なら接点がない世子様の御顔を知るはずが無いのに。
気持ちを落ち着かせようと深呼吸した、その時。
部屋の扉が勢いよく開いた。
「これは一体、どういう事だ」
声の主は紛れもなく世子様で。
髭を生やされているが、お忍びの際に何度か付髭の御顔を拝顔した事もあり、ご本人だと容易に分かる。
腕組した世子様は憤怒した表情でこちらをじっと見据えた。
「辺首、……世子様である」
「えっ、…………大変失礼致しました」
事前に知らせがあったとは言え、シファ辺首は世子様と面識が無いようだ。
突然見知らぬ男性の乱入で驚いたのも一瞬で、すぐさま顔を伏せた。
世子様の背後に見慣れた男性が数名。
変装しているとは言え、すぐに分かった。
世子様の護衛の武官だと。
ソウォンは顔を伏せた状態で必死に願った。
いっそのこと、意識が無くなって倒れてしまえたら……と。
「辺首とやら、すまぬな。その者と二人だけにして貰えぬか」
「……………はい、世子様」
シファ辺首は顔を伏せた状態で世子様の横を通り過ぎ、部屋を後にした。
静かに閉められた戸は、部屋の外の喧騒を完全に遮るかのようで。
ソウォンは断崖絶壁の崖の上に追い詰められた獲物の状態に陥っていた。



