ぶつかった拍子によろめいた体を男性が咄嗟に支えてくれた。
きつく抱きしめられる体勢に動揺してもおかしくないのだが、ソウォンは別の感情に支配されていた。

ふわっと香る白檀の香りと、聞き覚えのある柔らかい声音。
条件反射で眼をぎゅっと瞑ってしまったが、怖くて開けれそうにない。

大混乱の脳で必死に考えてみたが、とても答えが導き出せなくて。
ソウォンはトゥレモリ(盛髪)を直す素振りをし、手で顔を隠しながら体勢を整える。

「大変失礼致しました」

いつもより少し高めの声で謝罪し、その場から立ち去ろうと会釈すると、手首を掴まれてしまった。

「そなた……」
「申し訳ございません、急いでおりまして……」

長居は無用、危険が増すだけ。
気のせいだと自分自身に言い聞かせる。

心臓が飛び出してしまいそうな動揺を必死に堪え、チマをほんの少しつまんで。
シファ辺首に教わった通りにつま先から蝶が舞うようにサップンサップン(上品な歩き方の擬音)と歩いて、その場を後にした。

一目散に逃げるかのように必死で。
優雅に歩いているようで、でも内心は生死を分けるんじゃないかというくらい無我夢中で。

楽器等が置いてある部屋に辿り着いた時は、心の底から安堵した。

震える手で奥の棚から書画の道具を取り出し準備していると、シファ辺首が心配で迎えに来た。
水差しの用意をしてくれるシファ辺首にそっと打ち明ける。

「シファ辺首。もしかしたら、世子様がお忍びでいらしてるかもしれません」
「ッ?!………どうしてそれを?………もしかして、世子様をご存じなのですか?!」
「………へ?」