世子嬪様のような方が特別な用も無いのに、わざわざお越しになる理由などない。
屋敷内も騒がしくなり、取り乱すことは避けるべきだと考えた。
運よく今日は朝から母親が叔母の家に外出しており、大事には至らずに済んだ。
けれど、母親の耳に入るのも時間の問題。
何か良い言い訳を考えねば……。
「そう言えばっ!お嬢様、先ほど嬪宮様のお付きの方からこちらをお預かり致しました」
「えっ?」
チョンアの手元に視線を向けると、そこには絹の布で包まれた物が。
「中身はお茶だと仰ってましたが……」
「お茶?」
「これって………」
詮索するなどもってのほかだが、考えずにはいられない。
先ほどの世子嬪様のお言葉と合わせると、どうにも不安が押し寄せて来る。
本来ならば飛び上がるほど嬉しい代物。
世子嬪様から贈り物を頂くだなんて、あり得ないことなのだから。。
けれど、今のこの状況では手放しでは喜べない。
チョンアが心配するのも無理はない。
宮中のしきたりなど自分ですらよく分からない。
だが、宮中でなくとも女人同士の揉め事はよくある。
それこそ両班の家では、正室と側室の間に揉め事が絶えないとよく耳にする。
幸いにもソウォンの家では、そういった事は今まで一度もない。
何故なら、ソウォンの父親は側室を設けない主義なのだ。
だからこそ、嫉妬という感情が疎いがゆえ、すぐには気付けなかったのだ。
視線の先に捉えた包みに手を伸ばす。
「お嬢様」
「大丈夫、平気よ」
「ですが……」
「世子嬪様がお越し下さったことを知ってる者は何人もいるわ」
「だとしても……」
チョンアが言いたいことは理解出来る。
お茶はお茶でも“毒入り”のお茶だと言いたいのだと。
けれど、幾ら憎い相手でも、自ら出向いて贈り物をした上で毒を盛るだろうか?
自分が同じ立場だったら、決してしない。
だって、感情に支配されたがゆえに、世子様にご迷惑を掛けてしまうではないか。
ざわつく心を落ち着かせようと深呼吸し、ソウォンは包みを手に取った。
見たことも無いほどに滑らかな絹地に牡丹の刺繍が施され、いかにも最高級品だということが見て取れる。
慎重にその包みを解くと、白磁の小壺に青茶(中国茶の一種で、ウーロン茶など)が入っていた。



