世子様に見初められて~十年越しの恋慕



ユルは自分のポソン(足袋)の口を縛っている紐状の布を解くと、足元に落ちている小枝を二寸ほどに折ったものをソウォンの小指に添わせ、布で結った。

「明日までの辛抱です。こうしておけば、誰の目にも触れぬと思いますので」
「すっかり忘れていたわ、ありがとう」
「物置の戸に、指を挟んだという事にしておきましょう」
「……分かったわ」
「明朝この屋敷を出たら、例の奴婢夫婦と入れ替わり、お屋敷に戻りませんと」
「えぇ」

ユルが立ち上がった、その時。
戻る気配の無いソウォンを心配して、ポラが探していたようだ。

「ソニや、一体どこにいたんだい?小薪を取りに行ったっきり戻らないから、心配したじゃないかい。もしかして、若様に……」
「あっ、いえ、大丈夫です。危ない所でしたが………、助けて貰ったので」

ソウォンは、誰に助けて貰ったのかは口を噤んだ。
まさか、助けてくれたのが世子様とは、口が裂けても言えない。
言い淀んだソウォンは視線を泳がせたのだが、それを見たポラは、目の前にいるソウォンの仮の夫、ユンギ(ユル)が間一髪で助けたのだろうと納得した。

「いい旦那を持って、あんたは倖せ者だよ」
「へ?」
「ポラさん、重ね重ねすみません。小指を痛めたので、気を配って頂けますか?」
「あら、そりゃ大変。大丈夫なのかい?」
「あ、はい、大した怪我ではないので……」
「それならいいけど……」

ユルはポラにソウォンを託し、一礼して持ち場へと戻って行った。
ポラはソウォンを労わりながら、洗い場ではなく、盛り付け場へとソウォンを連れて行った。


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「キャッ!!ななななっ、何なんですかっ?これは………」

漢陽でも名家が立ち並ぶ一角にあるソウォンの自宅。
数日ぶりに帰宅したソウォンを待ち詫びていたチョンアは、ソウォンの好物の薬菓とお茶を盆に乗せ、部屋を訪れたのだが………。

「ちょっと探し物をしてるから、足元気を付けてねぇ」

ソウォンは、まるで気にする風でも無く、一心不乱に探していた。