ソウォンが小指に納まるトルパンジに視線を向けた、その時。
舎廊房(サランバン:家長の居室)の方から女性の鼻歌が聞こえて来た。
「こっちだ」
ヘスはソウォンの手首を掴んだまま、物置の脇へと駆けた。
すると、大きな笊を手にしたポラが鼻歌交じりで現れた。
料理が得意のポラは、招待客から料理が美味しいと褒められ、上機嫌だったのだ。
笊に沢山の小皿を乗せ、ポラは軽い足取りで物置を後にした。
辺りに気配が無いことを確認したヘスはソウォンを連れ、屋敷の奥へと急いぐ。
事前にイノが倉庫周辺から人払いをしていた事もあり、無事に倉庫に到着した二人。
ヘスは胸元から倉庫の鍵を取り出し、手早く開けた。
無言で倉庫内に入ると、一見どこの屋敷にでもあるような造りで、特別変わった物は見当たらない。
小窓から差し込む月明りだけでは分かり辛いと思い、ソウォンは手蝋に火を起こし、倉庫内を照らす。
「変わった様子は無いように思うが……」
普段人の出入りが無いのか、倉庫内は黴と埃臭さが鼻を衝く。
世子は衣の袖元を口に当て、眉を顰めた。
だが、この倉庫の中に何かしらの秘密が隠されているはず。
普段は厳重に警備されており、ピルホが肌身離さず鍵を身に着けているのだから。
ソウォンはゆっくりと歩を進め、倉庫の最奥へと辿り着く。
けれど、何ら変わった様子は見受けられない。
ソウォンは小首を傾げ、静かに瞼を閉じた。
ソウォンは冷静に考える。
自分が率いる商団でも倉庫は数え切れぬほどあるが、中でも特別な倉庫を思い出していた。
帳簿や特別な品を保管するなら、それなりの仕掛けのような物が必須だ。
大抵の両班の屋敷でも、財産を保管するためにそれなりの工夫をしているものだ。
それは、ソウォンの自宅でもあるカン家でも同じ。
ちょっとした隠し場所が、至る所にあるものだ。
ソウォンは壁伝いに手をそっと翳し、床にも仕掛けが無いか隈なく調べ始めた。
だが、どこにもそれらしきものはない。
世子が古棚を調べている間に、ソウォンは使わなくなったと思われる古びた輿に背を預けた。



