一体何が起きているのか分からず、ソウォンは硬直したまま立ち尽くしていると。
「良いか?これを、決して外すでないぞ?」
「………ッ!?」
ヘスはソウォンの首に掛けられている革紐を歯で噛み切り、初めて会ったあの日に手渡したトルパンジをソウォンの右手小指に嵌めたのだ。
子供用の指輪の為、さすがに小さい。
華奢なソウォンの指でも、小指以外には入りそうになかった。
月明りに照らされた黄金のトルパンジ。
十年もの月日を肌身離さず身に着けていたからなのか、初めて嵌めたとは思えぬほど違和感が無い。
それどころか、初めからソウォンの為に誂えたかのように、色白の華奢なソウォンの指に凛と輝く。
それを満足そうに眺めるヘスに対し、ソウォンは恐る恐る口を開く。
「世子様。私がこのような高貴な物を身に着けてしまっては、世子様の御身に御迷惑がかかってしまいます」
「構わぬ」
「ですが………」
「そなたが気にする事ではない」
「…………」
ヘスはソウォンに優しく微笑み、小さく頷いた。
だが、そう簡単に納得出来るはずも無く。
王の紋章である龍があしらわれている装飾品を身に着けているとなれば、それなりの地位や関係性があるものだと思われてもおかしくない。
ソウォンが世子嬪ならば何の問題も無いのだが、ソウォンはどこにでもいるような普通の両班の娘。
王室との姻戚関係でない上、持っているだけで罪を問われそうだというのに、それを人目に付いてしまうような状態で身に着けるとあっては……。
しかも、今のソウォンは奴婢として戸判の屋敷に忍び込んでいる身で、金の指輪など不相応である。
ソウォンの脳内をあらゆる情報が駆け巡り、慌てふためいていると。
「この屋敷の事は私に任せておけ。そなたの出る幕ではない。温厚と言われている義父(戸判)でも、ただではすまぬぞ」
「………覚悟の上です」
「全く、強情な女子だ」
溜息交じりのヘスの瞳に、強い意志が宿っているソウォンの姿が映る。
「まぁ、そこが魅力的でもあるのだがな」
「今、……何か仰いましたか?」
「いや、何でもない」
盛大な溜息を吐いたヘスは、再度辺りを確認してソウォンの手首を掴んだ。
「その目で確認したら、自宅に帰るのだぞ?……良いな?」
「はいっ」
自分の意を酌んでくれた世子に対し、ソウォンは一瞬で明るい表情になった。



