「私は聞いておらぬぞ」
「…………へ?」
「私の知らぬ間に、夫のある身になったとか?」
「っ………、それはですね………、何と申しますか、事情がございまして………」
「事情?フッ、その事情というのが、このざまか?」
「っ…………、もっ、申し訳ございません」
ユルの調べで、ピルホが倉庫の管理をしており、鍵は毎日肌身離さず持っていることが判明した。
それを聞いたソウォンは、ピルホの女癖が悪いことを逆手にとって、近づこうとしていたのだ。
ただ、思った以上に手が早く、隙あらば部屋に連れ込もうとするものだから、初心なソウォンには壁は高く、決心がつかずにいたのだ。
奴婢に扮して戸曹判書の屋敷に潜入したのはいいが、肝心の倉庫内を確認するのは極めて困難であったのは言うまでもない。
私兵が屋敷内のあちこちにいたり、それこそ、護衛役のイノが常に傍にいるのだから、ピルホから鍵を手に入れるのは、ピルホの妾になる他なかったのだ。
まさかそのイノが、味方だとは思ってもみなかったのだから。
鋭い視線を向けられ、思わず瞼をぎゅっと瞑ると。
「私の傍にいると誓った口は、………この口だよな?」
強引に持ち上げられている顎が左右に振られる。
怒気を滲ませた声に背筋が凍った、次の瞬間。
ソウォンの下唇に柔らかい感触がした。
「そなたを独りにはしておけぬな」
溜息交じりの世子の声が耳に届き、ソウォンは焦った。
もしかしたら、生涯の友を誓った身では良家に嫁ぐどころか、男性と面識すら持ってはいけないのかもしれない、そう思ったのだ。
恐る恐るゆっくりと瞼を押し上げると、今にも鼻先が触れてしまいそうな距離に世子の美顔があり、思わず息を飲む。
少しひんやりとした世子の指先はソウォンの襟元を掠め、鎖骨の窪みに触れる。
そして、指先である物をつまむと、躊躇なくソウォンの首筋に顔を埋めた。



