世子様に見初められて~十年越しの恋慕



ソウォンとユルは宴席の場に顔を出すことの無いよう細心の注意を払った。
顔見知りと出くわさないとも限らない。
それこそ、ソウォンの実父であるカン・ジェムンも招待されているに違いないと思ったのだ。

戌時(スルシ:午後七時から午後九時)を回り、宴会の場が最高潮とばかりに盛り上がっている頃。
ユルに駄目だと念を押されたのにもかかわらず、ソウォンは敷地の奥へと向かっていた。
人の気配が無いことを確認しながら、小走気味に歩を進めていると。

「おいっ、何処へ向かっているんだ」
「ッ?!」

突然何者かに腕を捕まえれたソウォン。
聞き覚えのある声音に背筋が凍り付き、恐る恐る振り返る。
そこには、泥酔したピルホの姿があった。
鼻をツンとつくほどの酒臭さ。
思わず顔を歪めると、ピルホはソウォンの腰に腕を回して来た。
一気に間が詰まる。

「月に照らされた顔もそそられるな」
「ご、ご冗談はおやめ下さいっ」

必死に抵抗してみるものの、ピルホの素早さにソウォンは恐怖を覚えた。
ピルホはソウォンの顎に手を掛け、今にもピルホの唇がソウォンの唇を捉えそうになった、次の瞬間。
目の前にあったピルホの顔が、突然視界から消えた。

「そなたは、男なら誰でもいいのか?」
「ッ?!」
「全く、無茶をするにも限度があるだろう。どうしてこうも、危険な事ばかりするのだ」

溜息交じりにその声の主が視界に現れた。

「せっ「シッ!」

『世子様』と口にしようとしたソウォンの口元をヘスの手が素早く覆う。

「後を頼む」
「承知しました」

世子の背後にいた護衛らしき人物を目にして、ソウォンはますます驚愕した。
地面に横たわるピルホの胸元から鍵を取り出し、世子に手渡す男。
毎日目にしていたピルホの世話役である、奴婢のイノだったのだ。
軽々とピルホを担ぎ上げたと思えば一礼し、その場を足早に去って行く。
そんな後ろ姿を呆然と眺めていると、ソウォンの口元は解放されたのだが……。

ソウォンの顎が強引に持ち上げられ、自然と視線が交わった。