世子様に見初められて~十年越しの恋慕



「確か、新入りの使用人だったな」
「……………はい、さようにございます」
「名は?」
「…………ソニでございます」
「ソニ、とな。良い名だ」

舌なめずりしながら品定めするかのような視線に憎悪を覚え、ソウォンは一歩後退りする。
そんなソウォンを逃すまいと近づくピルホ。
ポラの忠告が脳内をさっと駆け巡った。
『若様には気を付けなさい。人妻だろうが容赦ないから』
ソウォンは恐怖のあまり、総毛だつ。
こういう時こそ助けて欲しいのに、肝心な時にユルの姿は無い。
絶対絶命と言わんばかりのソウォンは、逃げる口実を必死に探し求めた。

「奴婢にしては上玉過ぎる」
「っ………」

蛇に睨まれた蛙状態のソウォンは必死に後退りしたものの、庭に植えられている槐の木に辿り着いてしまった。

「そう怖がることはない。まだ何もしておらぬではないか」

目の前まで来たピルホの首元には、紅く滲んだ跡がある。
恐らく妓女が付けた紅を拭ったのであろう。
そんな些細な事にもソウォンは反応を示すと。

「これか?気にすることはない」

ピルホがにやりと口角を上げた。

「清楚な顔して、夫がいるとはな」

ソウォンはごくりと生唾を飲み込んだ。

「私は寛容なのだ」
「?!」
「他の男の手が付いた女でも、私は気にせぬ」
「ッ!!」
「それどころか、逆に有難い。お前も…………愉しみ方を知っているだろ?」

言動どころか、存在すら受け入れがたい人物だ。
ソウォンは、こんな男の手にかかるくらいなら、舌を噛んで自害してやろうと思った。
わなわなと震えるソウォンがいたく気に入ったのか、ピルホはすっとソウォンの頬に手を伸ばして来た、その時。

「ピルホ様っ、旦那様がお呼びです」
「チッ、いい所だったのに」

ピルホは舌打ちし、振り返る。

「今行く。…………愉しみは次にとっておこう」
「っ………」

乱れた衣服を整えながらその場を後にしたピルホ。
その背後にイノの姿がある。

「…………もしかして、助けられた?いや、そんなことはないよね?」

ソウォンは深呼吸し、薪を取りに向かった。