「確か、新入りの使用人だったな」
「……………はい、さようにございます」
「名は?」
「…………ソニでございます」
「ソニ、とな。良い名だ」
舌なめずりしながら品定めするかのような視線に憎悪を覚え、ソウォンは一歩後退りする。
そんなソウォンを逃すまいと近づくピルホ。
ポラの忠告が脳内をさっと駆け巡った。
『若様には気を付けなさい。人妻だろうが容赦ないから』
ソウォンは恐怖のあまり、総毛だつ。
こういう時こそ助けて欲しいのに、肝心な時にユルの姿は無い。
絶対絶命と言わんばかりのソウォンは、逃げる口実を必死に探し求めた。
「奴婢にしては上玉過ぎる」
「っ………」
蛇に睨まれた蛙状態のソウォンは必死に後退りしたものの、庭に植えられている槐の木に辿り着いてしまった。
「そう怖がることはない。まだ何もしておらぬではないか」
目の前まで来たピルホの首元には、紅く滲んだ跡がある。
恐らく妓女が付けた紅を拭ったのであろう。
そんな些細な事にもソウォンは反応を示すと。
「これか?気にすることはない」
ピルホがにやりと口角を上げた。
「清楚な顔して、夫がいるとはな」
ソウォンはごくりと生唾を飲み込んだ。
「私は寛容なのだ」
「?!」
「他の男の手が付いた女でも、私は気にせぬ」
「ッ!!」
「それどころか、逆に有難い。お前も…………愉しみ方を知っているだろ?」
言動どころか、存在すら受け入れがたい人物だ。
ソウォンは、こんな男の手にかかるくらいなら、舌を噛んで自害してやろうと思った。
わなわなと震えるソウォンがいたく気に入ったのか、ピルホはすっとソウォンの頬に手を伸ばして来た、その時。
「ピルホ様っ、旦那様がお呼びです」
「チッ、いい所だったのに」
ピルホは舌打ちし、振り返る。
「今行く。…………愉しみは次にとっておこう」
「っ………」
乱れた衣服を整えながらその場を後にしたピルホ。
その背後にイノの姿がある。
「…………もしかして、助けられた?いや、そんなことはないよね?」
ソウォンは深呼吸し、薪を取りに向かった。



