ソウォンとユルが夫婦の官奴婢として戸曹判書の屋敷に潜り込んで七日が過ぎた頃。
戸曹の屋敷では大きな宴が行われようとしていた。
娘を世子嬪として嫁がせ、朝廷でも力ある重役に就き、漢陽でも由緒ある名家とあって、朝から屋敷内は忙しく準備に追われている。
宴の場に次々と並べられる料理の数々、大門には見事な提灯と色鮮やかな装飾品。
その大門から運ばれてくる祝いの品々。
名のある両班の家からの貢ぎ物だ。
今日は戸曹判書であるナム・ヨンギルの誕生日なのである。
王室との姻戚関係があることもあり、何かと縁を結びたいと思う両班も少なくない。
更には、運が良ければ世子夫妻がお越しになるかもしれないとあって、宴席に出席しようと企む両班も多く、目が回るほど忙しさに追われていた。
「ソニ、葉物を茹でるから、準備しておくれ」
「はい、分かりました」
ポラは笊に山盛りの葉物を手にして下ごしらえに行った。
ソニ(ソウォン)は甕に手桶を入れようとすると、水が殆ど無い。
仕方なく、大きめの水桶を手にして井戸へと向かった。
すっかり慣れた手つきで汲み上げると、
「桶が大きすぎますよ」
「ユッ………ンギ」
大きな水桶を軽々持ち上げたユンギ(ユル)の肩越しに鋭い視線を向ける男が立っていた。
ユルと口走りそうになったのを寸でのところで止まった。
「夫婦なのに、敬語を使っているのか?」
「っ……、偶々よ」
「わざと言ったに決まってるだろ」
慌てて弁解してみるものの、余計に怪しまれてしまったようだ。
男は若旦那の護衛役であるイノである。
二人に近づいたイノは、唖然とするソウォンの腕を掴もうとした。
「何の真似だ」
水桶が地面に転がり、辺りに水が……。
ソウォンの腕を掴もうとしたイノの手を払い、ユルはイノの胸元を掴んだ。
「その手は、奴婢の手ではない」
「っ………」
「何、でたらめな事を……」
ユルの手に力が入る。
「でたらめではない。………まぁ、いい。今は見逃してやる。だが、少しでもおかしなことがあったら、屋敷から追い出すぞ」
「なっ!………お前にそんな権限があるとは思えんな」
「フッ、それはどうかな?」



