一刻(イルカク:約十五分)ほどすると、ヘスはダヨンから離れ、背を向けるように布団の上に胡坐を掻いた。
「大袈裟な」
「うっ………、あれだけ痛いのは嫌だと申したではありませんか」
「フッ、そんなことを言われてもな」
やれやれといった表情を浮かべながら、ヘスは手酌で酒を口にする。
瞳から大粒の涙が零れ落ちるダヨンは、乱れた衣を整えながら、小布で傷みを帯びる場所をさっと拭った。
「だが、これで暫くは静かになるだろう」
「…………だといいのですが」
どちらからともなく溜息が零れ、自然と部屋の入口に視線が向かった。
「今宵はこちらでお休みになりますか?」
「いや、もう少ししたら丕顕閣へ戻る。目を通さねばならぬ報告書があるゆえ」
「さようにございますか………」
「私に気兼ねせず、休むといい」
「はい。では、もう少しだけお付き合い致します」
ダヨンは静かにヘスの元へと移動し、空の杯に酒を注ぐ。
枕元の蝋燭は吹き消されたままだが、部屋の入口に置かれた燭台の炎が優しく揺らめいていた。
*********
戸曹判書の屋敷に潜り込んだソウォンとユル。
ソウォンは持ち前の明るさと利発さが功を奏して、見事に使用人の輪に溶け込んでいた。
普段なら命令を下す立場のソウォンだが、元々傲慢な性格ではない為、自分に対するチョンアの所作を思い出し、それに倣っていたのだ。
「あんたの旦那、かなりの男前だねぇ。どこで知り合ったんだい?」
ソウォンのお世話係のポラは五十代半ばの女性で、戸曹判書の屋敷に仕えて三十年以上になる。
五年前までは戸曹判書の愛娘ダヨンの世話役をしていたらしく、世子嬪となってからは、娘を失ったみたいに気落ちしていたそうだ。
そこへ同じ年ほどのソニ(ソウォン)がやって来たとあって、久々に明るい表情を浮かべていた。
「私が幼い頃に、両親が彼の誠実さをいたく気に入って……。私はこの通り、明るさだけが取り柄なので、将来を心配した両親が彼を傍にと……」
「そうだったのかい。うんうん、分かるよ。あんたの両親は見る目があるじゃないか」
ユンギ(ユル)の仕事ぶりを見て、ポラにも誠実さが伝わっているらしい。



