「もう、誰も好きにならないって決めたんです」

そういって彼がまた泣きそうな顔で笑う。
いや、もしかすると泣いていたのかもしれない。
けれど、それを確かめるには二人の距離はあまりに遠く、手を伸ばせば触れられる距離だというのにまるで画面の向こうの存在のように感じられた。

「それでも良ければ、私とお付き合いして下さい」

優しく、それでいて拒絶するような切ない声色が頭に響く。
―――なんて声で、なんて酷なことを言うのだろう。

ふとこの部屋特有のツンとした匂いが鼻を掠める。消毒液、だろうか。
いつもは白く清潔感のある室内が、今は窓から射す夕日で赤く染まっていた。

ズキズキと痛むこめかみが思考を鈍らしていくようだった。
小さく息を飲む音ですら彼に聞こえてしまうのではないか。そんなことを頭の片隅でぼんやりと考えてしまうほどに、辺りは静まり返っていた。

暫くの静寂の後、こくりと頷くと、今度こそ彼は泣きそうに顔を歪めた。

「馬鹿ですね。君も、私も」

その言葉の意味を、私はまだ、知らない。


それは、不毛な恋の始まりだった。