硝子さんの実家に行ってから、家に帰らないまま一ヶ月が過ぎようとしていた。

会社とビジネスホテルを往復する毎日。

料理を作る事もなくなり、ホテルの味気ない料理をただ胃に流し込むだけ。

硝子さんが俺を引き取った本当の理由。

それがずっと心に引っ掛かったまま、どこにも進めないでいる。

あの人にとって、俺はただの身代わりに過ぎなかった事が、どうしようもなくショックで、それでいて何処か裏切られた様な気がして腹が立った。

俺を選んでくれた訳じゃないのなら、あのまま放って置いて欲しかった。

彼女を恨んでは、恋しい想いが募る。

毎日心臓を握られているかの様に、重く苦しい。

こんな気分になるのは久し振りだった。

居場所も無く、ただ生きているだけだったあの頃。

落ち着ける場所も、自分の未来にも希望が持てなくて、いつも消えて無くなりたいと思ってた。

またあの頃の自分に戻るのか?

答えに辿り着かない自問自答を、毎日、無意識に自分に問い掛けていた。


「今日は、外で食べるか…たまにはちゃんとしたもの食べないと...........。」


ホテルの近くの、知らない道を適当に歩いていると、大通りからちょっと入った路地裏に、飲み屋街を見つけた。

年季の入った赤提灯が、所々ぶら下がっていて、炭火焼きの香ばしい香りが、会社帰りのサラリーマンを誘っている。


「ここでいいか…。」


賑やかな居酒屋街の奥に、一件だけ古風な暖簾が下がった小料理屋。

すっと、引き寄せられるようにして、暖簾を潜った。