「おはよ~硝子さん。」


「うぅん……。」


「硝子さん……そろそろ起きて支度しないと、遅れちゃうよ?」


微睡みの中、大きな手が私の頭を優しく撫でる。

余計眠くなって、目が開けられない。


「早く起きないとチューしちゃうよ~?」


「んん…うん。…ちゅうって………?」


「分かんないの?それじゃ、僕が教えてあげよっか?」


「うぅ~...分かるよ…ちゅ~でしょ?ちゅ~………………」


「フフッ………まだ寝惚けてる?それなら本当にしちゃうよ?」


「え?待って、チュー?!!!」


ガバッと飛び起きると、枕元に頬づえをついた蒼がにっこり微笑んでいた。


「おはよ……硝子さん。」


「おっ!おはよ?!蒼……。」


「ほら、起きて顔洗って。」


「えっ……う……うん!!」


あれから9年の歳月が過ぎていた。

蒼は国立大学の薬学部を卒業し、今は薬の研究をする研究員として、製薬会社に就職した。

“万能薬を作りたい”

病気で亡くなった橘先生の影響を受けたのだろう。

蒼は進路を決める時そう私に言った。

国立を受けたのは、なるべくお金が掛からない様にする為らしい。

あの時は頼ってもらえない事が少し寂しく思えたけれど、今にして見れば、それで良かったんだと蒼の成長を見て感じ取れた。

蒼の成長に比べて、私はと言えば、相も変わらず営業の第一線として働いている。

最近では殆ど立場が逆転していて、この有様だ。

至れり尽せりの生活にどっぷり嵌っている。


「硝子さん、今日は何時頃に帰る?」


「ん?今日?んー……今日は接待も今の所無いし、早めに帰れるかも。」


「そう?じゃあ、今日は鍋にしようかな?いい?硝子さんの好きな海鮮鍋にしようか?」


「鍋?!いいね~!!蒼の海鮮鍋美味しいんだよね~!!」


「じゃあ、早く帰って来てね。」


「うん!!」


嬉しそうに今晩の鍋の食材のメモを取っている蒼を見ると、ここの所モヤモヤとした感情が湧いてくる。