「今から昼?」

「はい。」
 万が一にでも話の内容を誰かが聞いていたとしても大丈夫なように、私はビジネス会話を徹底。

なのに、


「……なんでそんなキンチョ―してんの?」
 肝心の速水さんはくすっと笑ってくる始末。


「速水さんと会社で話してるからでしょーが!」


 なんて白状したいけど、当然言えるわけでもなく。

「してないですよ。」
 そんなこと聞かないでくださいと訴えるように、意地らしく私は答えるだけ。


 まだ付き合うこと会社でどうするかとか話していないけど、ちゃんと速水さんと一度話とかなきゃ。

今会話してる感じだと速水さんは特に隠す気なさそうだし―――私は黙っていたい派なんだけど。
ちらっと彼の顔を盗み見る。

本当余裕だな、速水さんは。
私と違って堂々としてくれちゃってますよ。

「じゃぁそろそろ行きますね。」
 違和感を周りにもたれるまいに、おいとましよう。
私は踵を返す。


「あ、市田。」


「へ?」

 途端、パシッと私の手が掴まれた。


「ここ、ゴミついてる。」
 彼は一歩私に近づいて。

――その距離約15センチ。


「ちゃんと確認しろよ。」
 ふっと私の肩に柔らかく触れる。

「あ、ありがとう…」
 ございますまで丁寧に言うつもりがったが、その言葉は後に続かなかった。


「今日、帰り待ってる。」


「っ…!」
 私にしか聞こえない声で、ぼそっと呟いたその言葉に丸め込まれてしまったから。

「じゃぁお疲れさま。」
 にやりという効果音が似合いそうな笑みを浮かべて、彼はその場から去っていく。

糸くずがそう言うためだけについた嘘だというように、提げられた彼の手はスーツの横でわざとらしくパッと開いたまま。

あーもう。
思わず火照ってしまった頬の熱を溶かすように、私は手の甲を顔に当てた。