もう、何度目かのトイレに行こうした時だった。

 
 為替担当している高木剛(たかぎつよし)がトイレから戻って来た。高木は二十代後半でお調子者だが社員からは可愛いがられている。


「今トイレで、沖田建築の山下課長に会いましたよ。沖田建築も忘年会らしいですよ」
 高木が周りの社員に言った。


「沖田建築って、経理の綺麗な子が毎日来ている会社だよな」

 窓口担当でなく奥に座って処理を担当して居る北野修(きたのおさむ)が言った。


「そうそう、俺なんか彼女が来ると凄い大きな声で『いらっしゃいませ』って言っちゃうもんね」
 高木がおどけて言った。


「バカだな! 彼女は僕に向かって、にっこり頭下げているんだぞ」
 北野が高木を軽く押しやった。


「絶対そんな事無いいね! 俺なんか目が合った事あるもんね」
 高木が自慢ありげな顔をした。


「お前ら気が付かなかったのか? 彼女は俺に、にっこりほほ笑んでいるんだぞ!」

 髪の毛も薄くなりだし、腹も出てきて中年丸出しの、原田守(はらだまもる)四十半ばの融資課長が言った。

 周りに居た数人が一斉に、手を横に振り「違います」とはっきり言った。


「本当! 彼女が入って来ると、男性社員の声が激しくなるから、直ぐに分かるんですよね。それに店内がぱあって明るくなる気がする。やっぱりあの笑顔かな?」

 総合窓口を担当している、今年入社したばかりの溝口麻衣(みぞぐちまい)が言った。


「そうなんだよ、何故か彼女が入って来ると分かるんだよな?」
 高木がニヤニヤとしている、


「だけど、沖田建築って総務課長の山下さんもめちゃカッコいいですよね!」
 麻衣が嬉しそうな顔をしてビールを一口飲んだ。


「山下さん、確か僕の二つ上の先輩で三十八歳位じゃないかな? 綺麗な奥さんと子供もいるよ」
 北野が偉そうに美也を見た。

「え―。残念……」
 美也が口を尖らしている。


「残念、て? 麻衣ちゃんおじさん好きなの?」
 北野が聞き返す。


「年齢じゃなくて、カッコいい人はカッコいいですよ」
 麻衣が半分怒っている。