「ごめんな。今日少ししか居られなくて」

玄関で靴を履いて立ち上がると、彼は私にそう言った。

「ううん、仕方ないよ。また明日も会えるもんね」

私は笑顔で彼にこたえる。

「おいで」

彼は腕を広げて私を受け入れようとする。
本当は少し寂しいの、彼にはお見通しみたいだ。
彼の広い胸に、私は迷いなく飛び込む。

「未羽(みう)、愛してる」

彼の”愛してる”ほど嬉しい言葉はこの世にはないんじゃないか。
いまなら死んでもいい。
そう思えるほど、満たされる言葉。

「私も…圭介(けいすけ)さんのこと、愛してる」

腰に回したこの手を離したくない。
離してしまえば、彼は本当の居場所に帰ってしまうから。

でも私はこの手を引き止めることなんて許されない。
そんな資格なんてないの。
だからどんなに切なくたって、彼を笑顔で見送らなければならない。

「また明日、待ってるね」

「ああ。明日は未羽のハンバーグが食べたいな」

ハンバーグが食べたいだなんて、なんて可愛いのだろう。
とても愛おしい。

「うん。作って待ってる」

彼は私の額に軽くキスをしてから、部屋の扉を閉める。
ひとりぼっちで取り残された私。
彼の足音が遠ざかるのを聞いている今が、一番寂しく感じる瞬間だった。